アメリカ海軍戦艦「アイオワ」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新はアメリカ海軍の戦艦「アイオワ」です。
アメリカ戦艦史上最良の艦と言われ、33ノットの高速(大戦中の公称最大速度は31ノットですが)と50口径16インチ砲と超重量砲弾(SHS、スーパーヘビーシェル)による攻撃力を併せ持ち、さらに対16インチ砲弾防御を施された完全な「高速戦艦」です。
艦これでは最初にPSVitaで発売された「艦これ改」で実装され、その後ブラウザ版へ導入されました。

まずはいつも通り全体像から。
戦艦アイオワ全体1戦艦アイオワ全体2
戦艦アイオワ全体3戦艦アイオワ全体4
戦艦アイオワ全体5
全長270mに対し幅33mと細長い船体を持ち、L/B比は約8.2と既存戦艦より巡洋艦に近い数値となっています。
主砲配置は50口径16インチ砲Mk7を三連装で前部に2基、後部に1基配置。
副砲兼高角砲の38口径5インチ連装砲を片舷5基で合計10基20門を装備、対空機銃としてボフォース40mm四連装機銃を17基、他にエリコン20mm機銃を多数装備しています。


「アイオワ」艦首。
戦艦アイオワ艦首1
極めてスマートな形状をしており、流石高速戦艦と言ったところでしょうか。
しかし33ノットの速度性能を獲得する為にかなり細長い形状となっており、艦首部分への魚雷命中があった場合強度面で些かの不安が持たれていたとも言われています。


「アイオワ」前部主砲。
戦艦アイオワ前部主砲1
高速発揮の為に採用された船体形状の為、特に1番主砲付近で左右の幅に余裕がありません。
この付近へ大口径砲弾の命中が発生した場合、やはり強度面で不安があったようです。
アイオワ級が採用した50口径16インチ砲Mk7は初速や最大射程では大和型の46cm砲弾に劣ります。
しかし他国海軍が採用した全ての16インチ(40.6cm)砲を上回るだけの威力を持ち、かつ遠距離での散布界が小さい事からアメリカ海軍は戦艦用主砲としては同国最良のものである、と判定していました。
2番主砲の上にはエリコン20mm機銃を装備。


「アイオワ」後部主砲。
戦艦アイオワ後部1
後部主砲の上には前部2番主砲と異なりボフォース40mm四連装機銃1基を装備しています。
このボフォース40mm機銃は大口径機銃のベストセラーであり、現代でも実用兵器として使用している国があります。
ブログ主も海上自衛官時代に輸送艦で連装型の旋回手をしていた経験を持っています。


「アイオワ」艦橋。
戦艦アイオワ艦橋1戦艦アイオワ艦橋3戦艦アイオワ艦橋2
就役当初の「アイオワ」艦橋は写真にある通り装甲司令塔の周囲がオープンデッキとなっていました。
この艦橋は後に同型艦と同じく角型の閉囲式へと改められています。
艦橋直後に装備されたレーダー付き射撃指揮装置は対空用、前檣楼トップに装備されたものは主砲射撃用となっています。


「アイオワ」中央部。
戦艦アイオワ中央部1戦艦アイオワ中央部2
38口径5インチ連装砲を始め、対空火器がずらりと並んだ中央部。
元々空母機動部隊への随伴が主任務の一つとされていた事もあり、強力な対空火力を持つ事が分かります。
煙突は若干離れて2基が設置されており、33ノットを達成する為の旗艦出力は21万馬力強とこれまで紹介してきた艦の中では最大のものとなっています。


「アイオワ」艦尾。
戦艦アイオワ艦尾1
左右両舷に射出機を配置し中央にクレーンを配置しています。
射出機の上に搭載されている水上機はヴォートOS2U「キングフィッシャー」で、性能面で特に優れた部分はなかったものの大戦全期間を通じてアメリカ海軍の主要水上機として使用されました。
キングフィッシャーのの最大速度は275km、航続距離は1300km(日本海軍が主用した零式水上偵察機は最大速度367km、航続距離3300km)。


最後に「完成した戦艦としては最も全長が大きな」アイオワと「完成した戦艦としては最大の排水量を持つ」大和を比較。
戦艦アイオワと大和1戦艦アイオワと大和2
アイオワは270m×33m、45000トン、33ノット。
大和は263m×39m、65000トン、27ノット。
 ※共に基準排水量
アイオワは軽荷状態の過負荷全力で35ノットを記録していますが、上述の通り戦争中の最大速度は対空兵装強化等による排水量増加もあって31ノットとされています。
大和は速力試験において過負荷全力で29ノットを出したという証言もあり、実質的な最大速度はカタログスペック程の差がありません。

日米両海軍最強の戦艦である「大和」と「アイオワ」ですが、よく単艦同士の性能比較で「アイオワはレーダー射撃が可能で命中率が高く速度性能に優れるから大和より強い」という意見を目にします。
しかしアイオワの主砲は単純計算で舷側装甲相手に20km以下、砲塔基部のバーベットでは12km以下、甲板装甲相手では33km以上、主砲天蓋は35km以上の距離にならないと大和の装甲を撃ち抜けません。
つまり20000~33000mの間では大和に致命傷を与え得る命中弾は殆ど発生しない事になり、しかもこれはあくまでもカタログスペックの為に全く余裕がなく、確実な貫徹を狙うには実質1~2割程度割引く必要があります。
これに対し大和の主砲は垂直装甲であれば25km以下、甲板装甲や主砲天蓋であれば30km位から貫徹可能であり、砲弾落角の関係上25km以上では甲板への命中確率が上がる事を考えれば主要砲戦距離である20000~30000mであればほぼ命中=装甲貫徹となります。
レーダー射撃にしてもレイテ沖海戦のサマール沖追撃戦では日本艦隊も22号対水上電探改四によるレーダー射撃を実施しており、艦によっては3万m強の距離から3斉射程度で夾叉弾を得ているという事実もあります。
砲弾の威力差を考慮すると「アイオワ」が「大和」に砲戦で勝てると断言出来る要素はほぼないと言っても良いでしょう。
……とはいえ単艦同士の砲撃戦それ自体が意味のない仮定である事も事実で、実際に1944年後半に日米艦隊決戦をやったらノースカロライナ級2隻、サウスダコタ級4隻、アイオワ級4隻に加え旧式戦艦10隻以上から日本艦隊がフルボッコ(ただし米艦隊にも相応の被害は出ると思われる)、というのが現実なのでしょうがorz

次回は金剛型戦艦「比叡」もしくは祥鳳型航空母艦「祥鳳」、どっちかの予定。
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特Ⅲ型駆逐艦「響」と特型駆逐艦艦型識別ポイント(Ⅰ~Ⅲ型の見分け方)

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回は特型駆逐艦第三形式の1隻、太平洋戦争を生き抜きソ連に引き渡された「響」でございます。
全体の枚数が少ないので水増しの為に最後で特型駆逐艦三型式の識別ポイントを紹介します。

さっそく全体から。
駆逐艦響全体1駆逐艦響全体2
駆逐艦響全体3駆逐艦響全体4
駆逐艦響全体5
真横から見ると分かりやすいのですが、1番煙突が非常に細くなっています。
これは特型三型式のうち「響」が属するⅢ型のみの特徴で、機関技術の発達によりボイラーの数がⅠ、Ⅱ型の4基から3基となった事に伴い1番煙突が受け持つボイラーが2基から1基に減った事によるものです。
基本的な兵装と性能は特Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ型で大きく異なる部分はありません。

「響」艦首。
駆逐艦響艦首1
艦首形状はS字型のダブルカーブド・バウ。
凌波性を重視した乾舷の高い艦首と全天候型の砲室を採用した事で荒天下での戦闘能力が大きく向上しています。

「響」艦橋。
駆逐艦響前部1
この艦橋はトップヘビーによる復元性不良を改善した後のもので、就役当初はもっとごつく大型の艦橋でした。

「響」中央部。
駆逐艦響中央部1
1、2番煙突の間に1番連管(魚雷発射管のこと、以下同様)、2番煙突と後部構造物の間に2、3番連管を装備。
発射管に装填済みの9本と予備魚雷9本、合計18本の魚雷を搭載していますが続く「初春」型以降の駆逐艦と違い魚雷の急速次発装填装置は搭載していません。
このため特型駆逐艦は予備魚雷を持ってはいるものの、戦場での再装填>再攻撃は実質不可能となっています。

「響」艦尾。
駆逐艦響艦尾1
後部には背負い式に主砲を配置、艦尾甲板には九四式爆雷投射機を装備しています。

「響」は特Ⅲ型駆逐艦の2番艦(特型全体では22番艦)として昭和8年3月に就役、「雷」「電」と共に第六駆逐隊を編成しました。昭和14年に「暁」が第六駆逐隊へ編入、艦これで提督業を営む皆様がイメージする「第六駆逐隊」となります。
「響」はキスカ島攻略作戦中に大破、他にも船団護衛中に被雷するなど損傷する事が多く結果として大規模な作戦への参加が殆どありませんでした。
この為もあって特型としては「潮」と共に大戦を生き抜き、戦後は復員輸送の任に当たっています(「潮」は片舷運転不能の為復員輸送には参加せず)。
復員輸送終了後は賠償艦としてソ連へ引き渡され、「ヴェールヌイ」と改名しソ連海軍の艦艇となります。
1年後に「デカブリスト」と改名、1953年に除籍され1970年代に航空攻撃の標的艦として撃沈されその姿をウラジオストック沖に消しました。
現在「響」はダイビングスポットとなっており、ツアーも行われています。
洋上にこそその姿を留めてはいないものの、いまでもその姿を見る事が出来る数少ない日本海軍艦艇の一つとなっています。


特Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ型の識別ポイント。
特型駆逐艦比較用1
手前から特Ⅰ型「吹雪」、特Ⅱ型「漣」、特Ⅲ型「響」となっています。
大きな識別ポイントとしては、
・Ⅰ型の吸気筒はキセル型で煙突の左右(1番煙突)と前側左右(2番煙突)に配置されている(合計4個)。
・Ⅱ、Ⅲ型の吸気筒はお椀型で煙突の基部に配置されている(合計2個)。
・Ⅰ、Ⅱ型の煙突は前後共にほぼ同じ太さだが、Ⅲ型は一番煙突が著しく細い。
特に煙突の太さは一目瞭然で、極めて分かりやすい特徴となっています。
次に主砲形式による差があります。

Ⅰ型「吹雪」
比較用駆逐艦吹雪(特Ⅰ型)

Ⅱ型「漣」(左)とⅢ型「響」(右)
比較用駆逐艦漣(特Ⅱ型)比較用駆逐艦響(特Ⅲ型)
Ⅰ型の「吹雪」はA型と呼ばれる砲室を装備しており、この砲は2門の砲身が同一砲架に装備されている為個別の俯仰が出来ないタイプとなっています。
Ⅱ、Ⅲ型が装備しているB型砲は砲身の個別俯仰が可能となっており、A型砲に比べ砲室重量が増加しています。
遠景ですと主砲形状による判別は難しいのですが、それでも特Ⅰ型とⅡ・Ⅲ型を識別する際の有力なポイントとなるでしょう。
以上、簡単な識別ポイントでした。

次回は「アイオワ」の予定。
その後は「祥鳳」と「比叡」のどちらかになると思います。

戦艦「三笠」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。
なおブログ主は年末に肺炎&肺水腫&糖尿病&高血圧&心肥大&心不全で約20日の入院を余儀なくされ、未だ心臓の調子が悪いままの為しばらくの間は簡易更新となります。

今回の更新は艦これより前の時代、日露戦争時に日本海海戦で連合艦隊旗艦としてロシアバルチック艦隊を撃滅した「三笠」でございます。
明治時代に戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻からなるいわゆる「六六艦隊」の戦艦6隻のうち最後に計画された艦が「三笠」となります。
当時の日本にはまだ1万トンを超える戦艦を建造するだけの技術がなく、「三笠」は英ヴィッカース社に発注され明治35年に就役しました。

「三笠」全体。
戦艦三笠全体1戦艦三笠全体2
戦艦三笠全体3戦艦三笠全体4
戦艦三笠全体5
12インチ(30.5cm)連装砲を艦の前後に各1基装備、6インチ(15.2cm)~3インチ(7.6cm)の副砲&補助砲を中央部の舷側に配置したスタイルは英戦艦「ドレッドノート」登場以前のいわゆる「前ド級戦艦」の典型的な姿となっています。

「三笠」艦首。
戦艦三笠艦首1戦艦三笠艦首2
艦首は水中部分が前方に突き出た形状(衝角、ラム)となっていて敵艦への体当たりも想定したものになっています。
……既にこの時期には体当り戦法は非現実的なものとなっており、衝突事故を起こした際に被害が増大する原因となってしまっていましたが。
1番主砲の後ろにある構造物が艦橋で、箱型構造物の内部に円筒形の装甲司令塔が設置されています。

「三笠」中央部。
戦艦三笠中央部1戦艦三笠中央部2
二本ある煙突の両舷には内火艇やカッターを搭載、舷側下部と上部最前部&最後部に並んでいるのは副砲である6インチ砲、上に4門並んでいる小型砲は補助砲である3インチ砲です。
マスト下部にある円形部分に搭載されているのは近接戦闘時に敵艦を上から狙い撃つ47ミリ砲です。

「三笠」後部。
戦艦三笠艦尾1戦艦三笠後部主砲P1011718.jpg
艦尾には司令長官公室があり、若干ぼやけていますがスターン・ウォークと呼ばれる遊歩甲板が設置されています。
このスターン・ウォークと長官公室は横須賀に現存する「三笠」でもほぼ完全に再現されており、明治期の戦艦が持つ優雅な内装を見る事が出来ます。

「三笠」は全世界で100隻以上が建造された前ド級戦艦で唯一の現存艦であり、貴重な技術的遺産となっています。
とはいえ戦後の混乱期に艦上構造物の大半を撤去され、内部に残っていた機関等もスクラップ目当てに持ち去られてしまいました。
さらに撤去された構造物の代わりに米兵相手のダンスホールや水族館が作られるなど、日本海海戦で旗艦を務めたかつての雄姿は完全に失われてしまったのです。
しかしアメリカ海軍のチェスター・ニミッツ提督がこの状況を憂い、著作の売上を「三笠」保存の為に寄付するなどした事から復元保存運動が活発化、昭和36年に現在の姿となって再度記念艦としての姿を取り戻しました。
記念艦への復元に際してはスクラップとして売却されたチリ海軍の戦艦「アルミランテ・ラトーレ(イギリスで建造された超ド級戦艦)」が装備していた部品をチリ政府が寄贈するなど海外からの協力もありました。
現在の「三笠」は上部構造物の大半(艦橋や煙突、主砲など)がレプリカで、船体そのものと一部甲板に使われている木材など建造当時の部分はあまり多いとは言えませんが、帝国海軍艦艇唯一の現存艦としてその姿を留めています。

次回は「アイオワ」もしくは「響」の予定。
「響」の場合は特Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ型の艦型比較も行います。


ちょっと大きさを比較してみる。
特Ⅰ型駆逐艦「吹雪」と「三笠」。
P1011710.jpgP1011714.jpg
全長は第二次大戦当時の駆逐艦と殆ど変りません。
排水量は1万5千トンと2000トン弱で7倍以上の差がありますがw

手持ち最小の「超ド級戦艦」である「ウォースパイト」と「三笠」(どちらも英国製)
P1011715.jpgP1011716.jpg
排水量は「ウォースパイト」が3万2千トンで「三笠」のほぼ倍。

最後は定番?
「大和」と「三笠」
P1011719.jpgP1011720.jpgP1011721.jpg
排水量は「大和」満載7万2千トンでほぼ5倍近い差。
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大隅4001

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