所持艦娘確認&今後の製作(依頼)予定。

2017年2月4日時点での艦これ所持艦娘&装備状況一覧。
なお模型欄の「○」は所持しているもの、「△」は製作依頼を入れているもの。

戦艦、正規空母、軽空母、水上機母艦。
所持艦:戦艦、正規空母、軽空母、水上機母艦

重巡洋艦、軽巡洋艦、練習巡洋艦。
所持艦:重巡洋艦、軽巡洋艦、練習巡洋艦

駆逐艦
所持艦:駆逐艦

潜水艦、特務艦、陸軍船舶
所持艦:潜水艦、特務艦、陸軍船舶

気付けばこの3年ちょいで40隻以上の艦艇模型が積み上げられている罠。
おまけにリニューアルキットでは「天龍」「龍田」、新規キットでは「間宮」「伊良湖」「あきつ丸」「速吸」など「艦これ」がなければ存在すらあり得なかったであろう艦が多数含まれていたり……。
最近では「大鯨」のインジェクションキット化が決まったり(ピットロードのレジンキットは存在していましたが)、「飛鷹」がついにキット化されたりとウォーターラインシリーズの空白がどんどん埋められつつあります由良さんキット化マダー?


しかしリスト化していて思うのは名前や艦種変更がない限り艦娘一人保有でやっていても装備保有枠があまりにも余裕がないこと。
使い回しを前提とせず開発可能な装備と装備改修で入手可能なものは可能な限り作るという方針でやっていたら母港を最大拡張していても120~150程度しか空きがありません。
特に改修工廠実装後はいつどの装備が改修で使うかが予測できず、入手性が悪い装備はある程度備蓄しておかなければならないので余計に装備保有枠を圧迫しています。
……運営さん、マジで母港拡張じゃなく装備枠拡張アイテム実装してくれませんか?(泣
スポンサーサイト

金剛型戦艦「比叡」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は金剛型戦艦2番艦「比叡」です。
「比叡」は金剛型2番艦かつ我が国初の国産超弩級巡洋戦艦として1911年(明治44年)11月に横須賀海軍工廠で起工しました。
……とはいえ実は「比叡」に用いられた装甲鈑や主砲等、主要部品の大半は「金剛」を建造した英ヴィッカース社からの輸入品となっています。
それでも「比叡」を自国内で建造した事は建造技術の取得に大きな貢献をしており、本艦以降の超弩級戦艦国産化の道を切り開いたのは紛れもない事実です。
今回の「比叡」は1942年ミッドウェー海戦時のもので、この時の姿は帰投中の本艦を空撮した写真が残されています。
同年11月の第三次ソロモン海戦第一夜戦において日本戦艦喪失第一号となる「比叡」ですが、ミッドウェー海戦以降特に改装等は行われておらず事実上最後の姿となります。

まずは全体から。
戦艦比叡全体1戦艦比叡全体2
戦艦比叡全体3戦艦比叡全体4
既に紹介した「金剛」「榛名」と同じく巡洋戦艦らしいスマートなラインを持ち、最大速度30ノットという俊足を誇ります。


「比叡」艦首と前部主砲。
戦艦比叡前部1戦艦比叡前部2
2番主砲天蓋の日の丸は敵味方識別用の対空標識です。


「比叡」艦橋。
戦艦比叡艦橋3戦艦比叡艦橋2
本艦は軍縮条約に伴う練習戦艦化からの復帰に際し、当時計画中だった「大和」型戦艦に導入する各種装備のテストベッドとして様々な新機軸が取り入れられました。
特にそれが顕著に表れているのが艦橋構造で、同型艦である「金剛」や「榛名」に比べ「大和」に近い形状となっています。
下段左より「比叡」「榛名」「大和」の艦橋を並べてみました。
戦艦比叡艦橋1榛名艦橋正横大和艦橋2
「比叡」の艦橋が同型艦の「榛名」より「大和」に近い形状を持つ事が分かります。

「比叡」中央部。
戦艦比叡中央部1戦艦比叡中央部2
艦橋両舷と1、2番煙突間両舷に89式12.7cm連装高角砲を装備。
この時期はまだ25mm機銃が三連装化されておらず、全て連装機銃となっています。


「比叡」後部。
戦艦比叡後部2戦艦比叡後部1戦艦比叡後部3
3番主砲天蓋にも2番主砲と同じく敵味方識別用の対空標識として日の丸が描かれています。
3、4番主砲の間が航空作業甲板となっており、模型では95式水上偵察機が2機駐機。
艦尾部分は大改装の際に推進抵抗を軽減する為に7.6m延長されており、船体ラインにある僅かなくびれにそれが表れています。


最後に艦娘「比叡」夜戦時のセリフ「私! 頑張るから! 見捨てないでぇー!!」について。
「比叡」は昭和17年11月の第三次ソロモン海戦第一夜戦において巡洋艦を主力とする米艦隊と交戦、海戦史上最大の混戦とも言われる同夜戦において艦尾舵機室への命中弾によって操舵不能となり、自由な行動が出来なくなってしまいます。
必死の応急作業を繰り返すも夜明けからはガダルカナル島より出撃する航空機による攻撃も始まり、機関室全滅という報告を受けた艦長西田大佐は「比叡」の自沈を決定、総員上甲板を命令しました。
しかしこの「機関室全滅」は完全な誤報であり、実際には「比叡」は全力発揮可能な状態でした。
この誤報は機関部付近への魚雷命中(不発)とほぼ同時に爆弾命中による火災が発生しており、この火災が機関室被弾によるものと誤解された事が原因と言われています。
西田大佐は「雪風」移乗後に部下へ「機関室の状態はどうだったのか」と問い質したのですが、部下からは「異常ありません、全力発揮可能であります」と返され、そこで初めて「比叡」の機関が健在であった事を知らされることとなります。
直後に「比叡」に対する雷撃処分が実施され、処分を止める事が出来なかった西田大佐は「騙されたッ!」と悲痛な声をあげたと伝えられています。
舵が効かない状態でも機関部さえ健在であれば左右のスクリュー回転数を調整するなどの方法で帰投を試みる事は十分可能であり、艦娘「比叡」のセリフはこの状況を表したものと言えるでしょう。
ゆくゆくは連合艦隊司令長官にもなり得ると言われた艦長の西田大佐でしたが、誤報に基づくとはいえ未だ機関部が健在な艦を放棄したという事もあり予備役編入即日召集という処分(実質は懲罰人事)が下される事となります。

この第三次ソロモン海戦第一夜戦ですが、現在でも「この海戦における各艦の正確な航跡図を作成することは未来永劫にわたって不可能だろう」と言われるほどの大混戦でした。
敵味方共に敵艦隊の動向どころか味方艦の動きさえ碌に把握できず、近代海戦史上あり得ないレベルの至近距離における戦いだった為に大は戦艦から小は駆逐艦まで殆どの艦が水平射撃で戦った(一部の艦は俯角をかけて砲撃したとも言われています)というとんでもない状況となっています。
某駆逐艦では「敵艦が至近距離(僅か数百mだったとか……)を反航していくのに主砲も魚雷発射管も旋回が追いつかず、25mm連装機銃の水平射撃で対応した」とされているほどでした。
このような乱戦状況で米艦隊から滅多打ちにされた「比叡」はその着弾範囲が上甲板を挟んで高さ数mの範囲に集中していたと言われ、それが原因で高所にある艦橋と艦体下部との連絡が寸断されてしまい上で書いた誤報に繋がったとも言われています。

またミッドウェー海戦での四空母喪失を国民に対し隠匿した海軍でしたが、第三次ソロモン海戦第一・第二夜戦における戦艦「比叡」「霧島」の喪失は早々に公表されました。
公表直後から海軍への献金が相次ぎ、特に小学生からの献金が多かったとも言われています。
中には御召艦を務めた事もあってか「このお金で新しい「比叡」を作ってください」という手紙と共に送られてきたものもあったそうです。
戦艦という艦種が国民からどのように思われていたかが分かるエピソードではないでしょうか。

次回更新は月末に「神風」「春風」の予定、それ以前に何かネタが出来れば適宜更新。

祥鳳型航空母艦「祥鳳」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は軽空母(艦これにおける分類)「祥鳳」です。
以前紹介した「瑞鳳」の姉妹艦で、現在は「祥鳳型1番艦」として扱われていますが海軍の公式分類では「瑞鳳型」とされ、「龍鳳」、「千歳」、「千代田」も「瑞鳳型」に含まれています。
大本は軍縮条約に伴う航空母艦の数量整備が困難となった事による「空母改装を前提とした」高速給油艦として計画され、後に潜水母艦へと計画変更、潜水母艦「剣埼」として1939年1月に竣工します。
しかし潜水母艦としての活躍期間は短く、竣工から2年弱の昭和15年11月に空母への改装工事へ着手、不調続きのディーゼルをボイラー&蒸気タービンへ変更等の工事を行い開戦直後の昭和16年12月22日に航空母艦「祥鳳」として再就役しました。

「祥鳳」全体。
航空母艦祥鳳全体1航空母艦祥鳳全体2
航空母艦祥鳳全体3航空母艦祥鳳全体4
日本海軍の商船および特務艦からの改装空母の例に漏れず島型艦橋(アイランド)は設けられていません。
全長205m×最大幅20mで「鈴谷」等の重巡洋艦とほぼ同じサイズとなっています。

「祥鳳」艦首と艦橋。
航空母艦祥鳳艦首1
航空母艦祥鳳艦橋1航空母艦祥鳳艦橋2
艦首飛行甲板直下に艦橋構造が設置されています。
L/B比10:1という極めて細長い艦体を持ち、艦首部分もスマートな形状となっているのが分かります。

「祥鳳」中央部。
航空母艦祥鳳中央部1
飛行甲板に並べられているのは前(写真右手)から九六艦戦、零式艦戦二一型、九七艦攻。
この模型は1942年の珊瑚海海戦時の状態を再現しており、搭載機も同海戦時に搭載していたものとなっています。
ただ発艦準備中を再現している筈なのですが左右両元のマストが倒状態ではなく起状態となっており、本来ならば5カ所のマストは全て舷外へ向けて90度倒された状態になります。

「祥鳳」艦尾。
航空母艦祥鳳艦尾1航空母艦祥鳳艦尾2
艦尾には紅白の着艦標識が描かれ、艦尾の飛行甲板直下は搭載艇格納所となっています。

航空母艦「祥鳳」は昭和16年5月のポートモレスビー攻略作戦へ攻略部隊の主隊として参加(同部隊は他に重巡洋艦「古鷹」「加古」「青葉」「衣笠」、駆逐艦「漣」)。
ポートモレスビーを巡る史上初の空母機動部隊戦闘となった珊瑚海海戦において米空母「ヨークタウン」「レキシントン」搭載機の攻撃を受け魚雷7本、爆弾13発が命中、日本空母として最初の戦没艦となりました。

日本海軍の空母として最初の戦没艦となった「祥鳳」と最後の機動部隊として戦い戦没した同型艦「瑞鳳」を比較。
航空母艦祥鳳&瑞鳳航空母艦祥鳳&瑞鳳2
戦局の悪化と搭載機の高性能化に伴い「瑞鳳」は艦体と飛行甲板に迷彩塗装を施すと共に飛行甲板が延長されているのが分かります。
マストの起倒状態の違いや兵装の違いが一目瞭然ですが、こういった「異なる時期の同型艦」を並べて比較することが出来るのも模型ならではの楽しみかただと思います。

次回は金剛型戦艦「比叡」を予定。
プロフィール

大隅4001

Author:大隅4001
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
雑記
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR