睦月型駆逐艦「睦月」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回は特型以前に建造された駆逐艦、睦月型一番艦「睦月」です。
睦月型はイギリス式設計から脱却し純日本式設計となった峯風型系列の最終シリーズで、強化されつつある米戦艦の水中防御を食い破る為に日本駆逐艦としては初の61cm魚雷を搭載、53.3cm連装魚雷発射管3基だったそれ以前の駆逐艦から大幅に雷撃力が強化されています。
また艦首形状にダブルカーブド・バウを採用した初の日本駆逐艦でもあり、地味ながら特色の多いクラスとなっています。
「睦月」は八八艦隊計画を改定した大正12年度計画によって建造され、大正15年3月25日に竣工しました。
模型は昭和16年のダズル迷彩塗装の試験時を再現したものとなっています。

「睦月」全体。
睦月全体1睦月全体2
今まで紹介した駆逐艦と比べると艦橋前が凹んでいるのが判ります。
この部分を「ウェル・デッキ」と呼称し、艦首側からの波をここに落とし込む事で艦橋に対する波浪の影響を軽減する目的で設けられています。
艦首甲板には12cm砲、ウェル・デッキに61cm三連装魚雷発射管を装備。

睦月全体3
横から見ると特型以降の駆逐艦が船首楼上に艦橋を装備していたのに対し、上甲板に艦橋がある「睦月」は艦橋の高さがかなり抑えられているのが判ります。


「睦月」艦首。
睦月艦首
艦首付近はかなり大きめのフレア(上に行くに従い広がる形状のこと)が設けられており、凌波性を考慮した形状である事が見てとれます。
睦月艦首正横
真横から見ると艦橋の低さがより解りやすくなります。
真艦首方向への砲撃というのは通常殆どあり得ないのですが、前方向への射撃に際しては砲の操作にはかなり不便をきたしたのではないかと思わせるほどに主砲後ろ側の甲板が狭くなっています。
なお竣工時には魚雷発射管の波除シールドは装備されておらず、後日装備となっています。

「睦月」中央部。
睦月中央部
第一・第二煙突の間に2番砲が装備されています。
第二煙突の両脇にある白い箱状のものは予備魚雷格納庫。

「睦月」艦尾。
睦月艦尾睦月艦尾正横
3、4番砲が後部上構にマストを挟んで背中合わせに装備されています。

「睦月」を後方斜め上より。
睦月俯瞰図
甲板には迷彩が施されておらず、大戦末期の空母のような対空迷彩は意図されていない事が解ります。
「睦月」の迷彩塗装はあくまでも試験的なものであり、試験終了後は通常の軍艦色へと戻されました。
この時の実験結果は後に北方警備任務にあたる軽巡洋艦「木曾」「多摩」の迷彩塗装に活かされたとも言われています。

睦月型は就役直後に駆逐艦史に残る特型駆逐艦が完成した為、残念ながら影の薄い地味な艦となってしまいました。
「睦月」もまた華々しい艦隊戦闘ではなく護衛や輸送といった任務を主として行い、最後はソロモンを巡る戦いの中、B-17による爆撃を受けて撃沈されました。

次回は少し間をあけて航空母艦「千代田」、もしくは水上機母艦「瑞穂」を更新する予定です。
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旧海軍は

>睦月型は就役直後に駆逐艦史に残る特型駆逐艦が完成した為、残念ながら影の薄い地味な艦となってしまいました。

どんだけ金持ちなんですかねえ……

実は同じ計画年度

実は睦月型と特型、1番艦の計画年度は同じ大正12年だったりします。
海軍は睦月型を16隻(1個駆逐隊4隻×4個駆逐隊=1個水雷戦隊分)建造するつもりのところを12隻で打ち切り、予算の一部が特型建造に回されました。
あくまでも予算のみが決定しただけなので新規設計である特型の建造は既存艦の拡大改良型である睦月型より遅れ、それが就役年度の違い(睦月大正15年、吹雪昭和3年)となっています。
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