翔鶴型航空母艦「瑞鶴」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は真珠湾攻撃で初陣を飾り、ミッドウェー海戦を除く全ての空母戦に参戦した日本海軍の武勲艦、航空母艦「瑞鶴」です。
「瑞鶴」は翔鶴型航空母艦の2番艦としてマル三計画で建造された大型正規空母で、昭和16年9月25日に竣工、姉である「翔鶴」と共に第五航空戦隊を編成しました。
この竣工日時は本来の竣工予定日より3か月早く、一般的にはこの短縮によって真珠湾攻撃に間に合ったと言われるのですが、実際には真珠湾攻撃に間に合わせる為に工期短縮を図ったというのが妥当な所でしょう。
この模型は「瑞鶴」の最終状態、レイテ沖海戦エンガノ岬沖海戦の対潜・対空迷彩を施した状態を再現したものとなっています。

瑞鶴全体1瑞鶴全体2

右舷前方に艦橋を配置、その後方に下方屈曲式の煙突を装備したスタイルは日本空母の標準となっています。
全長257.5m、全幅29mの艦体を持ち、機関出力は16万馬力で最大速力34ノット、竣工時の搭載機定数は零戦18機、九九艦爆及び九七艦攻各27機を常用(合計72機)とし、補用機として零戦2、九九艦爆及び九七艦攻各5の合計12機で搭載機総数は84機でした。

「瑞鶴」を左舷正横から。
1/700と言えど30センチを超える大きさで一枚に収める事が出来ず、分割撮影した写真を無理矢理合成したものです。
瑞鶴左舷正横艦首

「瑞鶴」艦首。
瑞鶴艦首1
今までに掲載した改装空母と違い、赤城と同じく艦首飛行甲板部分の絞り幅が小さな事が解ります。

「瑞鶴」中央部。
瑞鶴中央部
舷側に高角砲や対空機銃が装備されています。

「瑞鶴」煙突。
瑞鶴煙突
下方に屈曲した煙突を主用したのは日本海軍のみで、これは高温の排気によって飛行甲板上の気流を乱す事を避けるために採用されたものです。
飛行作業実施時には煙突内部に海水を噴霧し、排気温度を下げる事が出来るようになっています。

「瑞鶴」艦尾。
瑞鶴艦尾
右舷にあるクレーンは艦載機の収容(入港中に岸壁などから直接収容する場合)に使用します。
写真では若干ぼやけていますが、左側中央付近の左舷に取り付けられた緑色と赤色のものは着艦指導灯と呼ばれるもので、着艦する機体から見て2色のライトがちょうど一直線になっていれば正しい進入角度で着艦アプローチに入っている事が解るようになっています。
このような装置を持たなかったアメリカ海軍は着艦誘導士官と呼ばれる士官の誘導に従い着艦するという方式を採っていました。
アメリカ海軍式では操縦者の技量よりも誘導士官の技量が重要であり、同時に誘導士官の意図を見誤ると事故に繋がる可能性が高くなってしまいます。
しかし日本海軍の着艦指導灯方式は搭乗員の技量がある程度あればよく、現代のアメリカ空母が採用しているミラー・ランディングシステムの先駆けとも呼べる先進的な装置であったと言えます。

「瑞鶴」艦橋。
瑞鶴艦橋1瑞鶴艦橋2
「瑞鶴」の艦橋は飛行甲板の右舷前方にあり、日本海軍の空母としては標準的な配置となっています。
しかし実際には起工時点では「赤城」と同じく左舷中央部への設置が予定されていましたが、「赤城」の再就役とそれに伴う艦橋配置の不具合発覚によって急遽右舷前方への配置へ変更されました。
このため艦橋位置が飛行甲板に若干はみ出す形となってしまい、飛行甲板の有効面積を僅かに損なうと共に発艦作業時におけるクリアランス(発艦機の右主翼先端と艦橋)も悪化してしまっています。

「瑞鶴」遮風柵。
瑞鶴遮風柵
艦橋横で飛行甲板に立ち上がっているのは遮風柵と呼ばれるもので、気流を整えて柵の後方に無風(或いは弱風)地帯を作りだす事が出来るようになっています。

「瑞鶴」増備兵装。
瑞鶴艦首右舷兵装瑞鶴艦首機銃瑞鶴艦尾左舷兵装
「瑞鶴」は海戦を行うたびに戦訓による対空兵装の増備が実施されました。
レイテ沖海戦では右舷艦首と左舷艦尾に12cm28連装噴進砲を装備、さらに艦首方向からの急降下/緩降下爆撃に備えて飛行甲板先端下部に25mm三連装機銃を3基配置しています。

「瑞鶴」は真珠湾攻撃を皮切りに各種作戦に参加、昭和17年5月の珊瑚海海戦では史上初の空母機動部隊同士による戦闘を行いました。
珊瑚海海戦、第二次ソロモン海海戦、南太平洋海戦とまるで「瑞鶴」の身代わりであるかのごとく「翔鶴」が常に被弾、無傷の「瑞鶴」でしたがマリアナ沖海戦で「翔鶴」が潜水艦の雷撃によって撃沈されてしまいます。
同海戦では遂に「瑞鶴」も被弾損傷、新編第一航空戦隊旗艦である「大鳳」をも失い大敗北を喫してしまいました。
そして「瑞鶴」は第一航空戦隊からほぼ無傷で残った第三航空戦隊へ編入、旗艦となり囮部隊としてレイテ沖海戦へと参加する事となります。

実際に海戦へ参加した最後の日本海軍機動部隊、第三航空戦隊の雄姿。
最後の第三航空戦隊1最後の第三航空戦隊2最後の第三航空戦隊3

先頭に「瑞鶴」、後方に「瑞鳳」、左に「千歳」、右に「千代田」。
最後の日本海軍機動部隊は捷一号作戦においてハルゼー率いる米機動部隊を北方に誘引する事に成功、囮作戦の成功を打電するもレイテ突入を担う栗田艦隊にこの電文が届く事はありませんでした。
「瑞鶴」はエンガノ岬沖海戦において魚雷7本、爆弾8~10発、多数の至近弾を受け沈没。
開戦劈頭に真珠湾を攻撃し空母の集中運用を切り開いた第一機動艦隊の生き残りである「瑞鶴」でしたが、最後は時代に逆行するかのような戦艦部隊の突入作戦を成功させる為の囮としてその生涯を閉じました。


次回は乙型駆逐艦「秋月」、もしくは仮想戦記用に改装された「大淀」いずれかの更新を予定しております。
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