高雄型重巡洋艦「鳥海」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は長船建造の凶悪眼鏡3人衆の一人高雄型重巡洋艦4番艦「鳥海」です。
大分前の「愛宕」「摩耶」の同型艦ですが、1942年時の姿で「愛宕」が実施した近代化大改装や「摩耶」のような損傷復旧を利用したた空兵装強化工事を受けておらず、竣工時の姿にかなり近い状態となっています。
……妙高型以降の重巡洋艦では開戦時「摩耶」と共に最も戦闘価値が低下した状態となっていました。

そんな「鳥海」、全体から。
鳥海全体1鳥海全体2鳥海全体3
近代化改装を実施した「愛宕」と比べ顕著な違いとしては
1、艦橋構造が小型化されていない(愛宕は艦橋構造の小型化を実施)
2、後部マストの位置が変更されていない(愛宕は後部マストを4番砲塔前に移設、通信能力を強化)。
3、飛行作業甲板が上甲板となっており、後部マストの下に格納庫を持つ(愛宕は甲板室を設けその上を飛行作業甲板として格納庫を廃止)。
4、高角砲が10年式12cm単装高角砲4基4門(愛宕は89式12.7cm連装高角砲4基8門)。
5、模型では判らないが魚雷発射管が連装4基8門で「愛宕」の半分(愛宕は4連装発射管4基)。
といった点が挙げられます。

「鳥海」艦首。
鳥海艦首
日本海軍の重巡洋艦に共通する細めでスマートな形状をしています。
これは速力を重視(計画35ノット)していた為でL/B(長さ/幅)比は10:1に近く、これは他国では駆逐艦レベルの数値となっています。

「鳥海」中央部。
鳥海中央部1鳥海中央部2
中央部は両舷に10年式12cm単装高角砲2基、上甲板に61cm連装魚雷発射管を2基、煙突周囲の機銃台に25mm連装機銃を装備。
2番煙突後方の構造物は搭載機の格納庫となっています(後述)。

「鳥海」艦尾。
鳥海艦尾
1942年の時点では機銃増備がまだ行われておらず、艦尾近くの甲板はすっきりとした状態のままとなっています。


ここからは各部アップ画像で。

「鳥海」艦首主砲群。
鳥海後部主砲鳥海主砲2
日本海軍の「妙高」型及び「高雄」型で採用された独特の主砲配置(ピラミッド型と呼ばれる事もあります)が良く判ります。
後年アメリカの1万トン級軽巡洋艦である「ブルックリン」級が同様の配置を採用しており、「妙高」型や「高雄」型の影響があったのかもしれません。
主砲は「妙高」型以前の艦が200mm砲のライフリングを削って203mmに拡大しており、「高雄」型は日本海軍の重巡洋艦として新造時から正8インチ(203mm)砲を採用した最初の艦型となりました。

「鳥海」艦橋部。
鳥海艦橋
横から見た場合、城郭にも準えられるように極めて大きな構造となっています(「鈴谷」と比較すると判り易いと思います)。
上部に3段に並んだ窓は下から「羅針艦橋」「魚雷発射指揮所」「測的所」で、その上に主砲射撃所となっています。
なお艦橋下部の大半は1番煙突に繋がる煙路で、実に艦橋容積の1/3はこの煙路が占めています。

「鳥海」後部マスト周辺。
鳥海後部マスト
上甲板に設置された甲板室が後部マストの真下辺りで途切れているのが判ると思います。
完成時の「高雄」型は全てこのような形状で、「高雄」と「愛宕」は大改装によってこの甲板室が4番主砲まで延長されており、その甲板室の上が飛行作業甲板となっています。
後部マスト基部の構造物は水偵格納庫。

「鳥海」水偵格納庫。
鳥海格納庫1鳥海格納庫2
大改装後の「高雄」「愛宕」には存在しない水偵格納庫です。
カタパルトの設置位置が高く、船体中央に設けられた軌条からクレーンでカタパルトに載せる必要があることから運用効率は決して良くありません。
大改装後の「高雄」「愛宕」は台車に載せた水偵をカタパルトの後ろからそのまま発進位置に移動させる事が可能となっています。

「鳥海」後部主砲。
鳥海後部主砲
水偵関連設備と主砲の位置が極めて近く、水偵は格納庫に入れて扉を閉じていない限り主砲発砲時の爆風によって破損してしまいます。
就役当初の「高雄」型はこの問題もあって格納庫を設置していましたが、艦内容積の確保や水偵発進時の取り扱い改善などもあって格納庫を廃止しており、このため砲戦前には水偵を発進させる必要が生じています。

「鳥海」を語る上で欠かせないのは昭和17年8月8日の第一次ソロモン海海戦でしょう。
寄せ集めで編成された第8艦隊旗艦としてガダルカナル沖の米輸送船団攻撃を目標として出撃した「鳥海」はスクリューの回転整合(スクリューの回転数を航行しながら調整して艦隊単位での速力を合わせる為の処置)すら行う余裕のない緊急出撃でした。
艦隊を編成するのは旗艦「鳥海」以下「古鷹」「加古」「青葉」「衣笠」「夕張」「天龍」「夕凪」の8隻で、出所不明の話しながら艦隊内では「第”八”艦隊の”八”隻が”八”月”八”日に”八”回目の海戦を行う」と末広がりの八の字が続く事に慶事を感じたとも言われています。
そして「鳥海」を先頭に単縦陣でガダルカナル海域へ突入した第八艦隊は米海軍をして「史上最悪の敗北(アメリカ海軍は真珠湾攻撃は宣戦布告前の為敗北にカウントしていません)」と言わしめる大戦果を挙げたものの、当初より「戦闘は1航過のみ」とされていた事もあって敵輸送船団をそのままに撤退、画竜点睛を欠く事となります。
この戦闘において「鳥海」は1番主砲に被弾し発砲不能となり、その他数発の敵弾を浴びて小破、帰路潜水艦の雷撃で「加古」を失うも艦隊はそれ以上の損害を出すことなく無事帰投しました。
また、この海戦では報道班員が各艦に分乗しており、「鳥海」には作家の丹羽文雄氏が乗艦、後にこの第一次ソロモン海戦を描いた小説「海戦」を発表しています。

「摩耶」と異なり損傷復旧を利用した改装を受けるチャンスもないまま「鳥海」は戦い続け、昭和19年のレイテ沖海戦を迎えます。
同海戦の終盤、サマール沖の米艦隊に対する追撃戦において「鳥海」は多数の被弾の後に撃沈されました。
……しかしこの「鳥海」の最後は同志討ちによる可能性が極めて高いと言われています。
このサマール沖追撃戦において「鳥海」は艦隊司令部の指示よりかなり敵側に突出しており、後方の戦艦部隊が把握している状況では「味方がいない筈の場所にいる巡洋艦=敵艦」と判断したらしく、残された記録から見る限り「金剛」が「鳥海」を砲撃していたようです。
この時「鳥海」は28ノットという高速で回避運動中だったものの、砲撃を浴び始めて数分で不関旗(艦隊行動から離脱を宣言する旗)を掲げ航行不能となり脱落、後に沈没となっています。
駆逐艦や護衛駆逐艦の5インチ砲弾では魚雷発射管に命中したとしても完全な誘爆は起こりえず(日本海軍の実験では8インチ砲弾の直撃で完爆)、受けた損害の程度から見ても「鳥海」は誤射によって撃沈されたと考えられ、武勲艦の最後としてはあまりにも悲惨な状況だったと言えるでしょう。

次回は特型駆逐艦1番艦「影が薄い主人公こと吹雪」、阿賀野型軽巡洋艦1番艦「だらし姉阿賀野」、ネットでの仮想戦記用に魔改造された「大淀」、ガンダムの「61式戦車」のいずれかになる予定です。
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