英国海軍クィーンエリザベス級戦艦「ウォースパイト(1941)」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は英国海軍クィーンエリザベス級戦艦「ウォースパイト」です。
艦これにおいて独海軍戦艦「ビスマルク」、伊海軍戦艦「リットリオ」「ローマ」、米海軍戦艦「アイオワ」と条約明けに建造された新型戦艦の実装が続く中、英戦艦はなんと当時英海軍最古参の「クィーン・エリザベス」級戦艦の実装という暴挙サプライズをかましてくれました。
とはいえ実装された「ウォースパイト」は近代戦艦史上最大の武勲艦とも言われ、古参の軍事マニアなら知ってて当然、知らなきゃモグリレベルの有名艦(あくまでその筋の人達にとって)でした。
そんな「ウォースパイト」、今回は1941年の姿で近代化改装を終えた状態をご紹介。

まずは全体から。
ウォースパイト全体1ウォースパイト全体2
ウォースパイト全体3ウォースパイト全体4
ウォースパイト全体5
全体的なシルエットは我が「長門」型に似ていますが、これは「長門」型戦艦が「クィーン・エリザベス」級戦艦に強い影響を受けた為です。
ひとつ前のクラスである「アイアン・デューク」級に比べ主砲口径は13.5インチ(343mm)から1.5インチへ拡大された代わりに中央部の砲塔がなくなり、連装5基10門から連装4基8門になっています。
また中央部の砲塔搭載を取りやめた事から機関区画を拡大させることが可能となり、25ノットを発揮させる為の機関を搭載するスペースを確保することが出来ました。

続いて艦首部。
ウォースパイト艦首1ウォースパイト艦首2
本艦の艦首は水中に突き出た形となっており、構造的にはかなり旧式のスタイルです。

「ウォースパイト」艦橋。
ウォースパイト艦橋1ウォースパイト艦橋2
近代化改装前は「フッド」の艦橋に近い形状でしたが、近代化改装によって箱型とも呼ばれる艦橋形状となっています。
この形状は近代化改装を受けた他の「クィーン・エリザベス」級戦艦を始め、新型戦艦である「キングジョージ五世」級や「ヴァンガード」まで採用されています。
他国の戦艦にない特徴として艦橋最上部が露天艦橋となっている事があげられます。
英海軍は何故かこの露天艦橋を好んでいたようで、戦艦や巡洋艦はおろか駆逐艦まで長く採用し続けていました。
……北海を活動海域とする英海軍にとって荒天下での操艦に影響が出そうなのに何故採用し続けたのかは謎です英国面?

中央部。
ウォースパイト中央部1ウォースパイト中央部2ウォースパイト中央部3
ウォースパイト中央部4ウォースパイト中央部5ウォースパイト中央部6
煙突の周囲には毘式40mm8連装機関砲、いわゆる「ポンポン砲」を配置、さらにその下の甲板部分には10.2cm連装高角砲が片舷各2基の合計4基を装備。
艦橋直後に配置されている直立した太めの一本煙突はシンプルながら力強さを感じさせると個人的に思っています。
煙突直後の構造物は水上偵察機の格納庫となっており、天井部分は内火艇などの搭載スペースとなっています。
格納庫と後部構造物の間には固定式の射出機が配置され左右両舷への射出が可能となっており、模型では射出機の上にスーパーマリン「ウォーラス」水上機が載せられています。

艦尾。
ウォースパイト艦尾1ウォースパイト艦尾2
本艦の艦尾にはスターンウォークが設けられています。
形状等特筆すべき部分は特にありませんが、WLという模型上見えない部分で特徴(?)がありました(後述)。

主砲。
ウォースパイト主砲1ウォースパイト主砲2
ウォースパイト主砲3ウォースパイト主砲4
「クィーン・エリザベス」級戦艦から採用された42口径15インチ連装砲MkⅠですが、本砲は続く「R」級戦艦、「レナウン」級巡洋戦艦、巡洋戦艦「フッド」、「グローリアス」級大型軽巡洋艦に搭載されました。
英海軍最後の戦艦「ヴァンガード」にも陸揚げされて保管されていた本砲が採用されており、まさに英海軍戦艦主砲のスタンダードと呼べる優秀な砲でした。

最後に大きさ比較。
ただし相手は重巡洋艦「鈴谷」。
ウォースパイトと鈴谷比較
……「ウォースパイト」が酷く小さく(短く)見えますが、実際に全長は195mしかありません。
重巡洋艦「鈴谷」は200mなのでこれまで紹介してきた戦艦の中ではサイズ的には最小となります。

本艦を含む「クィーン・エリザベス」級戦艦は実質的に世界初の高速戦艦とも言われています。
竣工した1915年当時は巡洋戦艦の速度に近い最大25ノットを発揮、同時期の標準的な戦艦が21ノット、巡洋戦艦が25~27ノットであった事を考えれば正しく高速戦艦と言えるでしょう。
「ウォースパイト」は同型艦と共に第5戦艦戦隊を編成、1916年にはその高速を買われてビーティ中将が指揮官を務める巡洋戦艦部隊へ配属となります。
そして同年5月のジュットランド海戦へ参加、ドイツ海軍の戦艦部隊から合計15発もの主砲弾を受けるも主要部分への命中弾はそのほぼ全てを弾き返しました。
が、僚艦「ヴァリアント」との衝突を避けるために転舵したところで舵が故障、俗に「ウォースパイト死の行進」とも呼ばれる同じ場所で旋回運動を始めてしまいます。
2回目の旋回運動が終わるころに修理が完了したものの、以降「ウォースパイト」の舵は前触れもなく突然故障するという悪癖を持つようになってしまい、これは最後まで直ることはありませんでした。

高速戦艦として就役した「クィーン・エリザベス」級戦艦でしたが流石に1930年代に入ると旧式化が目立ち始め、順次近代化改装を実施することとなり最初に選ばれたのが「ウォースパイト」でした。
1934年から1937年にかけて「ウォースパイト」は機関配置や武装の一部変更、艦橋構造の刷新などを含む近代化改装を実施、今回の更新にある画像の姿となって1937年に艦隊へ復帰しました。

そして第二次大戦ではノルウェー侵攻作戦でナルヴィクを占領したドイツ軍への攻撃(第二次ナルヴィク海戦)へ参加、指揮下の駆逐艦と共に同地に停泊していたドイツ駆逐艦を撃沈・撃破しています。
その後は地中海へ転戦、1940年7月にはカラブリア沖海戦においてイタリア戦艦「ジュリオ・チェザーレ」に命中弾を与えて機関部へ損傷を与えるという戦果をあげました。
さらに翌年3月にはマタパン岬沖海戦においてイタリア重巡洋艦「ザラ」「ポーラ」「フューメ」、駆逐艦2隻を夜間3000mの距離から撃ちすえてこれらを撃沈するという大戦果をあげています。
……幾ら夜間で大破した「ポーラ」の救援作業実施中とはいえ、3000mの至近距離に戦艦が近付いているのに気付かなかったイタリア海軍に大きな問題があるような気がしてしょうがないのですが。

1942年1月には日本との戦争状態に突入したこともありインド洋に展開する東洋艦隊の一員として配属されました。
が、インド洋方面ではセイロン空襲を始めとする日本海軍機動部隊の行動に対し、まともな艦隊航空戦力を持たない英東洋艦隊はアッズ環礁へ後退、艦隊戦は起こらず1943年に「ウォースパイト」は地中海へ戻ることとなりました。
なおこの際喜望峰経由で帰還する途中で謎の舵故障が発生したことを付記しておきます。

1943年6月からは地中海で行動するH部隊へ参加、シシリー島上陸作戦支援やサレルノ上陸作戦支援等を行っています。
しかしサレルノ上陸作戦支援中にドイツの対艦誘導爆弾「フリッツX」の直撃を受け機関部が大破、3番砲塔が使用不能になるという大損害を受けてしまいました。
それでも沈没は免れ、マルタ島へ曳航の上応急修理を行いさらにジブラルタルへ回航。
ジブラルタルで4週間をかけて修理を行い英本土のロサイスへ向かい本格的な修理を受け……ずに3番主砲は使用不能のまま、最大速度は21ノットという状態で戦列へ復帰、「史上最大の作戦」ノルマンディー上陸作戦へ参加します。
ノルマンディーでは上陸部隊支援の艦砲射撃を行い、砲身交換が必要になった為ロサイスへと戻ることとなりました。
が、帰還途中で機雷に触れ機関部やスクリューに損傷を受けまたも大破、ロサイスに入港したものの修理は対地支援の艦砲射撃が出来れば良いというレベルで済まされ、最大速度は15ノットに低下しました。
この状態でも「ウォースパイト」はフランスのルアーブルやブレストの友軍に対する支援射撃を行い、1944年11月にはオランダのぜーラント州にあるワルヘレン島への艦砲射撃を実施、そしてこの艦砲射撃が最後の作戦行動となりました。
「ウォースパイト」は1945年2月1日付で予備役へ編入、第二次大戦終結後に除籍の上スクラップとして売却されました。

……そしてスクラップとして解体場へ曳航途中で嵐に遭遇、曳航索が切れて漂流、コーンウォールのプロシア入江に漂着・座礁。
まるで解体されるのを嫌がるかのようだったとも言われています。
その後1950年に「ウォースパイト」の解体が完了、第一次世界大戦から第二次大戦まで傷だらけになりながら戦い抜いた老戦艦はその姿を消したのでした。

次回更新は仮想艦「輸送巡洋艦大淀」の予定。
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