改丁型駆逐艦「萩」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

本日2個目の更新は日本海軍最後の量産駆逐艦となった橘(改丁)型駆逐艦の「萩」となります。
橘型駆逐艦はソロモン方面における艦隊型駆逐艦の消耗に伴い計画された戦時急造型である松型駆逐艦をさらに急造に適するよう改良(?)を加えたタイプで、日本海軍最後の量産駆逐艦となりました。

「萩」全体。
駆逐艦萩全体1駆逐艦萩全体2
駆逐艦萩全体3駆逐艦萩全体4
駆逐艦萩全体5
戦時急造に適するようにそれまでの艦隊型駆逐艦と異なり直線を主体とした線図で設計され、松型までは半円形のクルーザー・スターンだった艦尾も角型のトランサム・スターンへと変更されています。
全溶接の採用とそれに伴うブロック工法の導入等、戦後の日本造船を支える基礎となったのがある意味最大の特徴かもしれません。

「萩」艦首。
駆逐艦萩艦首
前部主砲は八九式12.7cm単装高角砲で、対艦戦闘よりも対空戦闘がメインとなった戦争の様相に合わせた兵装となっています。

「萩」艦橋。
駆逐艦萩艦橋1駆逐艦萩艦橋2
艦橋前に九六式25mm三連装機銃を装備、周囲には同単装機銃が複数配置されています。
前部マスト中段には22号対水上電探を装備。
夕雲型までの日本駆逐艦とは全く異なる、建造効率最優先の箱型艦橋がいかにも戦時急造らしさを漂わせています。

「萩」中央部。
駆逐艦萩中央部1駆逐艦萩中央部2
煙突はかなり細くなっていますがこれは最大速力の低下(最大28ノット弱)を忍んで戦時量産可能と判断された「鴻」型水雷艇(1万9千馬力、陽炎型は5万2千馬力)の機関部を採用した為です。
煙突の間に九二式四連装魚雷発射管を装備していますが予備魚雷及び次発装填装置は搭載しておらず、搭載魚雷は発射管内の四本のみとなっています。
しかし搭載している魚雷に特徴があり、酸素魚雷の通称で知られる九三式魚雷の三型が搭載されています。
この三型、戦訓から最大射程を減らす代わりに弾頭重量を増やして威力を増したタイプで、炸薬量が一型の490kgから780kgと格段に破壊力が増しています。
実戦では「松」型駆逐艦の「竹」がオルモック輸送作戦において米駆逐艦「クーパー」を同魚雷で雷撃、一撃で轟沈せしめ日本海軍最後の水上戦闘における雷撃戦戦果を記録しました。

「萩」艦尾。
駆逐艦萩艦尾1駆逐艦萩艦尾2
艦尾側の砲は八九式12.7cm連装高角砲で、艦首側の単装砲と合わせて合計三門を装備。
砲数こそ夕雲型の50口径3年式12.7cm連装砲3基6門から半減しましたが、対空戦闘能力はむしろ向上していると言えます。
艦尾には猛威を振るう米潜水艦への対応として爆雷投射機と爆雷投下軌条を装備、爆雷の搭載数は36個でした。
後部マストには13号対空電探を装備、後部上構の両側には物資・人員揚陸用に小発(小型発動艇)を搭載しています。

「萩」は橘型駆逐艦4番鑑として昭和20年3月3日に竣工しました。
しかし既に水上戦闘艦を用いたまともな作戦も望めず、瀬戸内海西部で訓練を行う事しか出来ませんでした。
昭和20年7月24日、対空戦闘中に小破するものの航行に支障はなく、呉で終戦を迎え戦後は復員輸送任務に従事。
昭和22年7月16日に賠償艦としてイギリスへ引き渡され、後に解体処分とされました。

日本海軍の戦時急造型駆逐艦、橘型「萩」でした。
第二次大戦に参加した日本駆逐艦では最古参に属する「神風」型とほぼ同じ排水量の「橘」型(どちらも1300トン弱)、両者の艦型を見比べてみるのも面白いかもしれません。
「神風」「春風」はコチラ
次回更新は金剛型戦艦「霧島」の予定。
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