レキシントン級航空母艦「サラトガ」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は艦これ2016年秋イベント『発令!「艦隊作戦第三法」』最終海域突破報酬として実装されたアメリカ海軍レキシントン級航空母艦2番艦「サラトガ」です。
レキシントン級航空母艦はワシントン軍縮条約に伴う主力艦保有制限を受け、同条約で規定された「主力艦ないし巡洋戦艦を改装した航空母艦」として建造中のレキシントン級巡洋戦艦を改装した航空母艦です。
「サラトガ」はレキシントン級巡洋戦艦3番艦として建造中でしたが、工程28%のところで航空母艦への改装が決定、アメリカ海軍初の大型正規空母として1927年11月16日に竣工しました。
元が大型高速の巡洋戦艦だっただけに、基準排水量33000トン(公表値、実際には36000トン)、全長270.7m、最大幅32.3m、機関出力180000馬力、最大速力33ノット強、搭載機最大120機という性能を持つ航空母艦となっています。
今回の「サラトガ」は改装を重ねた1945年2月末頃、硫黄島攻略作戦に参加した際の姿を再現したものとなります。

まずは全体。
サラトガ全体1サラトガ全体2
サラトガ全体3サラトガ全体4
270mという「アイオワ」級戦艦に匹敵する全長を持ち、最大幅もほぼ同等かつこの時期には度重なる改装により満載排水量が5万トンを超えていました。
しかしながら全長270mに対し全幅33m弱でL/B比で8.2/1という細長い船体の為に鈍重さは感じられません。

サラトガ艦首。
サラトガ艦首サラトガ艦首飛行甲板
艦首は飛行甲板部分までを包む「エンクローズド・バウ(ハリケーン・バウ)」を採用しており、これは日本海軍が後に「大鳳」で採用した型式となります。
艦首飛行甲板は就役当初は船体に合わせて窄まった形状でしたが、1941年前半に拡張工事を行い、写真にあるような矩形となっています。

サラトガ艦尾。
サラトガ艦尾サラトガ艦尾対空兵装サラトガ艦尾飛行甲板
艦尾飛行甲板両側の4連装機銃(連装機銃2基を一つの架台に纏めた型式)はBofors40mm四連装機銃、大型の単装砲は5インチ(12.7センチ)高角砲、小型の単装機銃はエリコン20mm機銃です。
等間隔で10本以上の着艦制動装置が取り付けられているのが判ります。

サラトガの航空機用エレベーター。
サラトガ前部エレベーターサラトガ後部エレベーター
白枠で書かれた部分がエレベーター、に見えますがこれは単なる白線塗装で、その後ろにあるT字型の部分が前部エレベーターとなっています。
この前部エレベーター、T字の横棒部分のみが昇降し縦棒部分は下方向への観音開きという変わった型式となっています。
後部エレベーターは煙突後端部の横にありますが、最大荷重重量が3トン程しかなく、大きさも極めて小型の為大戦後半にはまともに運用出来る艦載機がありませんでした(主翼を折り畳み燃料弾薬を搭載しないF4F戦闘機が限界)。

サラトガ艦橋(左舷側)。
サラトガ艦橋1サラトガ艦橋2サラトガ艦橋3
この模型で一番の見どころはやはり艦橋構造と煙突でしょうか。
比較的小型の艦橋構造は煙突と分離して設置されており、アメリカ海軍の正規空母としては珍しい構造となっています。
艦橋前には就役当初55口径8インチ(20.3センチ)連装砲2基を装備していましたが、1942年1月に伊号第六潜水艦から受けた雷撃による損傷復旧工事の際に写真にある38口径5インチ(12.7センチ)連装両用砲への換装を実施、対空火力を強化しました。

サラトガ艦橋(右舷側)。
サラトガ右舷艦橋1サラトガ右舷艦橋2サラトガ右舷艦橋3
煙突後部の38口径5インチ連装両用砲も前部の2基と同じく55口径8インチ連装砲を換装したものです。
右舷側の特徴として、左舷側にはない船腹部分の張り出しがありますが、これは上にも書いた1942年の損傷復旧工事の際に右舷側にのみ取り付けられたブリスターと呼ばれるもので、右舷に偏重した重量増加分を相殺する浮力保持等の為に設けられました。
艦橋上部に設置された射撃指揮装置には射撃用レーダーが装備されており、メインマスト上部の対空レーダー、煙突前端に取り付けられた対水上レーダーと合わせてアメリカ海軍の電測兵装の充実ぶりが判ります。

サラトガ煙突。
サラトガ煙突1サラトガ煙突2
サラトガ煙突3サラトガ煙突4
「まるでガスタンクのようだ」とも言われた「サラトガ」の大型煙突ですが、これは巡洋戦艦として180000馬力を発生させる為に必要な大量のボイラー(16基)からの排煙を一纏めにした結果で、外見上の大きな特徴の一つとなっています。

「サラトガ」は「レキシントン」と共に「レディ・レックスとシスター・サラ」と呼ばれ、戦前のアメリカ海軍の航空母艦を代表する知名度の高い艦でした。
これは日本海軍の「赤城」や「加賀」と同様で、当時の主力艦である戦艦と並ぶ大型艦であり、その優美な姿と相まって「艦隊の顔」となっています。
またレキシントン級はアメリカ海軍内部で「空母の女王」とも呼ばれていましたが、これはその強大な航空機運用能力を褒めただけではなく、非常に高価な事(建造&改装費用は軍縮条約時の最新鋭戦艦コロラド級の倍以上)を揶揄したものとも言われています。
実際に戦艦では1941年の「ノースカロライナ」級、空母では1943年の「エセックス」級までこの建造費用の記録は破られていません。

「サラトガ」は1941年12月の開戦より程ない1942年1月に伊号第六潜水艦の雷撃により損傷、同年5月までを修理に費やしています。
損傷復旧後は急ぎハワイに回航されましたがミッドウェー海戦には間に合わず、ソロモン諸島ガダルカナルを巡る戦いに参加する事となりました。
1942年8月には第二次ソロモン海戦に参加、「サラトガ」を発進した攻撃隊は日本海軍の小型空母「龍驤」を攻撃、同艦を撃沈しています。
しかしこの海戦で僚艦「エンタープライズ」が撃破され、海戦直後の8月31日には「サラトガ」もまた伊号第二十六潜水艦の雷撃を受け電気系統を破損(英海軍の技術者曰く「複雑怪奇」な代物)、行動不能となって重巡洋艦「ミネアポリス」に曳航されトンガタブ島へ退避する事となりました。
なお余談ですがこの魚雷命中の際、艦内で「やった!これで(母国の)海軍工廠へ帰れるぞ!」と叫んだ不届き者がいたとかなんとか。
トンガタブでの応急修理の後、10ノットの速度が出せるようになって真珠湾へ後退、修理を行いました。
修理を終えた「サラトガ」は再び南太平洋へ出撃するも空母同士の海戦に参加する機会はなく、1944年6月のマリアナ沖海戦時には本土で整備に当たっており、同海戦にも参加する事はありませんでした。
同年9月より軽空母「インディペンデンス」と共に夜間戦闘機隊の訓練に従事、「インディペンデンス」が小型の為夜間発着が困難である事から硫黄島攻略戦には「サラトガ」が参加する事となります。
硫黄島攻略作戦に先立ち、「サラトガ」は1945年2月16日と17日の二日間に渡って日本本土への空襲を実施しました。
しかし2月21日、日本海軍第二御盾隊による特攻攻撃を受け大破、本土へ帰投し修理と共に練習空母への改装を受けることとなります。
1945年5月には修理を完了、真珠湾へ回航の後航空隊の訓練に従事した「サラトガ」でしたが8月15日の日本降伏に伴い9月6日に訓練を中止、アメリカ本土へ戻る兵員を輸送する任務に当たりました。

復員輸送が終わった後、そのまま練習空母として運用する計画もありましたが旧式である事と大型の艦隊型正規空母であるエセックス級が多数就役していた事もあり退役が決定。
1946年に原爆実験である「クロスロード作戦」で標的艦として使用される事となり、空中爆発のABLE実験では軽微な損傷で済んだものの海中爆発であるBAKER実験が致命傷となり爆発から7時間後に沈没、ビキニ環礁の海底へとその姿を消しました。

今月の更新はこれでお終いとなります。
来月は月末近くに飛行艇母艦「秋津州」と給油艦(水上機母艦)「神威」を入手予定。
それ以前の更新は入手したフィギュア等を行う予定です。
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