海防艦「志賀」の舵と艦首部
土日に休めない友人が本日休みだったので運転をお願いして「那須戦争博物館」へ行って来ました(片道30分ちょい)。
目的は同所に展示されている旧帝国海軍海防艦「志賀」の舵と艦首部。
艦これに海防艦が実装されはじめた事もあって、今後もし「志賀」が実装されたら聖地巡礼の対象になるかもしれません?
「志賀」は1945年3月20日に竣工した「鵜来」型海防艦で、12cm単装&連装高角砲各1基(3門)と25mm三連装機銃や同単装機銃複数、爆雷120個を装備していました。
竣工が遅かった事もあって戦争を生き延び、1954年に海上保安庁に所属して「こじま」と改名、練習船として使用され1965年に除籍されました。
その後千葉県千葉市が払い下げを受け、海洋公民館として使用されましたが1993年に閉鎖。
保存の声もあったものの千葉市は老朽化や保存コストを理由として1998年に一方的に解体撤去を行い、国内に残存していた戦闘艦艇としては唯一の第二次大戦参加艦はその姿を消しました。
解体の際に那須戦争博物館の館長が舵及び艦首部分を引き取り、同所に展示して今に至ります。
まずは舵。




全体的に角張った形状で、戦時量産艦のパーツである事を明瞭に示しています。
吊り下げ式の半釣合舵で、前方約1/3の位置に舵軸が突き出ています。
呉の大和ミュージアムにある戦艦「陸奥」のものと比べると生産性に配慮された形状である事が判りやすいと思います。
艦首。

前方から見たところ。
艦首部分の構造材はリベットが見えますが、それ以外の外板は溶接構造になっています。
展示当初は艦首フェアリーダー下部に「菊のご紋章」が付けられていましたが、批判を受けた為か撤去されて現在の状態となっています。
※昭和17年7月に海防艦が軍艦籍から外されご紋章は撤去。鵜来型は昭和19年から竣工なので最初から装備していない。
後ろから1。


真ん中に立ててあるのは通風筒らしいのですが、これは「志賀」のものではないようです。
右側の写真を見ると判りやすいのですが、外板の厚さは僅か数ミリしかありません。
後ろから2。


艦首フェアリーダー下部のアップ。
右はフラッシュを焚いて軽め孔の中を見えるように撮影したもの。
構造材に関してはリベット打ちの部分が残っているのが見てとれます(全溶接になったのは丙型以降)。
博物館内にあった地図。


以上、海防艦「志賀」の舵と艦首でした。
日本国内ではこういった「軍事関係に特化した展示施設」は殆どありません。
トンデモ系として有名な那須戦争博物館ですが、展示品の中にはこういった貴重品があるのは間違いありません。
那須方面へ旅行の際はちょっと立ち寄ってみるのも良いのではないでしょうか。
※九七式中戦車の残骸もあるのですが、何故か全体を「緑色」に塗装されていてあまりの姿にショックを受け撮影し忘れました。
目的は同所に展示されている旧帝国海軍海防艦「志賀」の舵と艦首部。
艦これに海防艦が実装されはじめた事もあって、今後もし「志賀」が実装されたら聖地巡礼の対象になるかもしれません?
「志賀」は1945年3月20日に竣工した「鵜来」型海防艦で、12cm単装&連装高角砲各1基(3門)と25mm三連装機銃や同単装機銃複数、爆雷120個を装備していました。
竣工が遅かった事もあって戦争を生き延び、1954年に海上保安庁に所属して「こじま」と改名、練習船として使用され1965年に除籍されました。
その後千葉県千葉市が払い下げを受け、海洋公民館として使用されましたが1993年に閉鎖。
保存の声もあったものの千葉市は老朽化や保存コストを理由として1998年に一方的に解体撤去を行い、国内に残存していた戦闘艦艇としては唯一の第二次大戦参加艦はその姿を消しました。
解体の際に那須戦争博物館の館長が舵及び艦首部分を引き取り、同所に展示して今に至ります。
まずは舵。




全体的に角張った形状で、戦時量産艦のパーツである事を明瞭に示しています。
吊り下げ式の半釣合舵で、前方約1/3の位置に舵軸が突き出ています。
呉の大和ミュージアムにある戦艦「陸奥」のものと比べると生産性に配慮された形状である事が判りやすいと思います。
艦首。

前方から見たところ。
艦首部分の構造材はリベットが見えますが、それ以外の外板は溶接構造になっています。
展示当初は艦首フェアリーダー下部に「菊のご紋章」が付けられていましたが、批判を受けた為か撤去されて現在の状態となっています。
※昭和17年7月に海防艦が軍艦籍から外されご紋章は撤去。鵜来型は昭和19年から竣工なので最初から装備していない。
後ろから1。


真ん中に立ててあるのは通風筒らしいのですが、これは「志賀」のものではないようです。
右側の写真を見ると判りやすいのですが、外板の厚さは僅か数ミリしかありません。
後ろから2。


艦首フェアリーダー下部のアップ。
右はフラッシュを焚いて軽め孔の中を見えるように撮影したもの。
構造材に関してはリベット打ちの部分が残っているのが見てとれます(全溶接になったのは丙型以降)。
博物館内にあった地図。


以上、海防艦「志賀」の舵と艦首でした。
日本国内ではこういった「軍事関係に特化した展示施設」は殆どありません。
トンデモ系として有名な那須戦争博物館ですが、展示品の中にはこういった貴重品があるのは間違いありません。
那須方面へ旅行の際はちょっと立ち寄ってみるのも良いのではないでしょうか。
※九七式中戦車の残骸もあるのですが、何故か全体を「緑色」に塗装されていてあまりの姿にショックを受け撮影し忘れました。