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占守型海防艦「国後(1941)」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は以前の「占守」の同型艦「国後」です。
建造経緯等は同じなので詳細は省いて早速全体から。
海防艦国後全体1海防艦国後全体2
海防艦国後全体3海防艦国後全体4
海防艦国後全体5海防艦国後全体6
「占守」が対空・対潜兵装強化後の姿だったのに対し、今回の「国後」はほぼ竣工時の姿となっています。
このため機銃は艦橋両舷に各1基のみ、爆雷も防弾鈑付きの投下軌条ではなく爆雷投下台といった違いがあります。

艦首と艦橋。
海防艦国後艦首1海防艦国後艦首2
海防艦国後艦橋1海防艦国後艦橋2
「占守」との最大の相違点は兵装や電探より艦首に菊の御紋章を付けている事にあります。
これは海防艦が当初「軍艦」だった為で、昭和17年7月の類別等級変更に伴い「海防艦」という艦艇に区分された際に撤去されています。
駆逐艦「子日」が小型の「国後」に対し欠礼(艦首に菊の紋章を持つ海防艦の方が格上かつ艦長の階級も上)し、その事を指摘されて大慌てで詫びに向かったというエピソードは艦これに「国後」が実装されてから広く知られるようになりました。

艦中央部。
海防艦国後中央部1
電探の装備がない為、マストはすっきりとした形になっています。

艦尾。
海防艦国後艦尾
最初に書いた通り、爆雷投射機は九四式1基で変わりませんが投下軌条がなく最後尾付近に片舷3基ずつの爆雷投下台が装備されています。
この通り計画当初より対潜兵装そのものは装備されていましたが、爆雷搭載数は18個と少なく本格的な船団護衛任務に投入するには些か頼りないものでした。

「国後」は開戦直前に機動部隊の集結地である単冠湾を警備、その後も北方での警備任務に当たります。
昭和18年にはキスカ島撤退作戦に参加するものの第一次撤退作戦は中止となり、第二次撤退作戦では濃霧の中で旗艦「阿武隈」の右舷中央部に衝突する事故を起こし帰投する羽目に陥っています。
その後も北方での警備/護衛任務に当たった「国後」は終戦時北海道方面で生存、戦後は海外邦人引き揚げの為の特別輸送艦となりました。
しかし輸送任務中の昭和21年6月4日に静岡県御前崎付近で座礁、救難の為に派遣された駆逐艦「神風」も沖合からの強風によって座礁してしまいます。
最終的に両艦の救難は断念され放棄、後に座礁場所で解体となりその生涯を閉じました。

次回更新は駆逐艦「初春」を予定。
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艦こ関係模型やフィギュア中心のブログです。

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