金剛型戦艦三番艦「榛名」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回は3回前にご紹介した「金剛」の姉妹艦、金剛型巡洋戦艦三番艦「榛名」です。
「金剛」がアオシマの艦これコラボキットを使用し基本的なディティールアップを中心としたものに対し、今回の「榛名」はフジミのキットを使用した上でオークションレベルのディティールアップをお願いして製作して頂いたものになります。

「金剛」の所でも書いたように、主力艦建造技術の取得の為に1番艦「金剛」はイギリスに発注されました。
当然2番艦以降は国内で建造されたのですが、2番艦「比叡」は海軍の横須賀海軍工廠、3番艦である「榛名」は神戸川崎造船所(現川崎重工業)へ、4番艦「霧島」は三菱合資会社長崎造船所(現三菱重工業)へ発注されました。
このうち「比叡」は既に主力艦建造の経験を持つ横須賀海軍工廠での建造と言う事もあり、「金剛」の建造を後追いする形で進められました。
しかし3番艦「榛名」と4番艦「霧島」は共に初の民間造船所による主力艦建造という事もあって川崎、三菱両社の対抗意識は極めて強く、事に起工が1日遅れた三菱のそれは激しいものでした(「榛名」1912年3月16日起工、「霧島」1912年3月17日起工)。

ところが「民間初の主力艦建造」という事実それ自体が一つの悲劇を生む事となります。
起工後の工事は両社共にほぼ同じペースで進んだものの、「榛名」の係留試運転直前に機関部の故障が発覚、この修理の為に試運転が6日遅れる事となりました。
そして延期された試運転当日、「榛名」建造の機関責任者である川崎造船所造機工作部長である篠田氏が建造工程遅れの責任を取る形で自刃(カミソリで喉をかき切ったと伝えられています)するという事件が発生してしまったのです。
これは過熱する建造競争が引き起こした悲劇であり、同時に当時の主力艦建造が国家の一大事業であった事の証左でもあり、神戸川崎造船所は篠田氏の死を「殉職」として扱い、その葬儀は社葬として行われました。

こうした行き過ぎとも言える建造競争に対し、海軍は神戸川崎造船所と三菱合資会社長崎造船所の両社を立てるべく「榛名」と「霧島」の竣工日を同日となるように調整、1915年4月19日に2隻揃って竣工することとなります。
同年12月に姉妹艦4隻揃って第2艦隊第3戦隊へ編入、「世界最強の巡洋戦艦戦隊」と言われる戦隊を編成しました。
この後金剛と同じく第一次大改装で装甲を強化して速度が低下、巡洋戦艦から戦艦へ艦種変更、さらに同型艦4隻中最初に第二次大改装を実施、事実上の高速戦艦へと生まれ変わりました。

模型の「榛名」は1944年のレイテ沖海戦時における対空兵装強化後の姿で、第一線で活躍した最後の姿となっています。

全体。高速戦艦らしいファインな船型です。
榛名全体1榛名全体2榛名全体3
若干上から。
榛名全体4

艦首部分。毘式14インチ砲を国産化した41年式35.6cm連装砲2基を搭載。
榛名艦首
「金剛」の主砲が角張っていた(2番艦「比叡」も「金剛」と同じ)のに対し、「榛名」(と霧島)のそれは丸みを帯びた形状となっており、「金剛」「比叡」、「榛名」「霧島」の識別ポイントになっています。

艦中央部。
榛名中央部2
「金剛」の後部艦橋が前側を斜めに削いだ形となっているのに対し、「榛名」は直立となっています。
この為2番煙突からの放射熱により後部艦橋内部の温度がかなり上昇する事となってしまいました。

煙突周辺のクローズアップ。
榛名煙突周辺1
後部マスト両舷に13号対空電探を装備しています。

三番主砲付近。
榛名三番主砲
後部艦橋の上部にも25mm三連装機銃が増備されています。

榛名飛行作業甲板。
榛名航空作業甲板
3番主砲と4番主砲の間が水上機搭載スペースとなっており、中央に射出機が装備されています。

榛名艦尾。
榛名艦尾
4番主砲の上にも25mm3連装機銃が装備されています。

榛名艦橋。
榛名艦橋1榛名艦橋2榛名艦橋3
外見上、「金剛」との大きな違いとして後部煙突の切り欠きと主砲形状がある事は前述しましたが、艦橋上部の対空見張所の拡大も識別ポイントの一つとなっています。
ほぼ真横から見るとこんな感じで、対空見張所がかなり前方に突き出しているのが判ります。
榛名艦橋正横
右舷側斜め上方より艦橋を見下ろすと、拡張された対空見張所に多数の双眼鏡が並んでいるのが判ります。
榛名艦橋上部
艦橋トップには21号対空電探を装備。

「榛名」は数多の海戦を戦い抜き、レイテ沖海戦後に呉へ帰投するも既に本土には戦艦を動かすだけの燃料は残っていませんでした。
洋上の防空砲台として係留中、1945年7月に行われた米機動部隊による呉大空襲において爆弾命中20発以上を数え遂に大破着底、金剛型戦艦4隻中最後まで生き残った「榛名」は江田島沖で最後を迎える事となりました。
終戦後、浮揚される事もなくその場で解体作業が進められ、1946年7月2日に解体完了。
解体された「榛名」の資材は戦後復興に使用されたとも言われています。
……建築資材としての鉄骨は再利用される事も多く、もしかしたら今でも日本のどこかで「榛名」が姿を変えて様々な建物を支え続けているのかもしれません。



次回の候補は2点。
瑞鳳型航空母艦「瑞鳳(エンガノ岬沖仕様)」、もしくは改丁(橘)型駆逐艦駆逐艦「萩」。
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