金剛型戦艦「金剛(1942)」フルディティールアップ版

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は戦艦「金剛」、1942年時の姿です。
1944年の対空兵装強化時の姿&建造経緯に関してはこちらをご覧ください。

まずは全体から。
金剛1942全体1金剛1942全体2
金剛1942全体3金剛1942全体4
1944年時と比べ対空兵装の増備が行われていない為、全体として見た場合兵装配置の密度がかなり薄い事が判ります。

艦首。
金剛1942艦首2金剛1942艦首1
1番主砲後部の真下に凹みがるのは旧副砲装備位置で、近代化改装の際に代償重量として撤去されました。

前部主砲。
金剛1942前部主砲1
14インチ主砲のシールドは「比叡」と同じく角型となっており、丸型の「榛名」「霧島」との識別点になっています。

艦橋。
金剛1942艦橋1金剛1942艦橋3
金剛1942艦橋2
建造当初の小型艦橋から鐘楼型の大型艦橋となっています。
前檣楼最上部の主砲射撃指揮所と測距儀が白く塗られているのは連合艦隊所属艦を示す塗装で、開戦後しばらくは残されていましたが防諜の為もあって程なく廃止となりました。
1944年時と比べ上部の見張所(防空指揮所)が狭い事が判ります。

中央部。
金剛1942中央部1金剛1942中央部2
高角砲は1944年時は片舷3基6門ですが、1942年時点では片舷2基4門となっています。
機銃も25mm連装機銃で、25mm三連装機銃へ換装の上大量増備した1944年時とは比べ物になりません。

飛行機作業甲板。
金剛1942飛行機作業甲板金剛1942後部
3、4番主砲の間が搭載飛行機関係のスペースとされ、九五式水上偵察機2機を搭載。
九五式水上偵察機は複葉の万能機で、九六式艦上戦闘機に匹敵すると言われた運動性能を持ち、戦闘・偵察・哨戒・弾着観測と幅広く使用された傑作機です。

艦尾。
金剛1942艦尾1金剛1942艦尾2
機銃が増備されていないので全体的にすっきりとした印象です。

「金剛」は開戦当初は南方作戦に従事、そののち真珠湾攻撃から帰投した機動部隊に合流、インド洋作戦に出撃。
このインド洋作戦は「金剛」型4隻が全て参加した唯一の作戦行動となりました。
インド洋作戦終了後、ミッドウェー海戦に第三戦隊第二小隊として「比叡」と共に攻略部隊の一員として出撃。
しかしミッドウェー海戦の敗北により敵影を見ることなく撤退しました。
ソロモン諸島を巡る戦いでは「比叡」「霧島」が分離して新規に第11戦隊を編成、「金剛」は「榛名」と共に第三戦隊を編成、ガダルカナル島ヘンダーソン飛行場に対する艦砲射撃を実施、米軍をして「飛行場を維持出来るか自信が持てない」と言わしめる大損害を与える事に成功します。
しかしこの後に第11戦隊を投入した砲撃作戦を巡って生起した第三次ソロモン海戦で「比叡」「霧島」を立て続けに喪失、妹艦のうち2隻を失う事になります。
1943年以降は機動部隊の直衛艦としてマリアナ沖海戦に参加、その後は機動部隊から離れ第一遊撃部隊第二部隊旗艦としてレイテ沖海戦に参加しました。
レイテ沖海戦ではサマール沖の追撃戦で米艦隊に対し命中弾を与え、護衛空母「ガンビア・ベイ」、駆逐艦「ホエール」、護衛駆逐艦「サミュエル・B・ロバーツ」の撃沈に貢献しました。
……しかしこの戦いにおいて「金剛」は重巡洋艦「鳥海」を誤射・行動不能に陥らせたと言われており、結果として「鳥海」を撃沈してしまった可能性があります(こちらを参照)。
レイテ沖海戦における一連の戦闘において「金剛」は至近弾を受けバルジ等が損傷、浸水被害が発生していました。
それでも生き残った「金剛」は他艦と共に本土への帰還を目指しましたが、台湾沖北方において米潜水艦「シーライオン」の雷撃を受け2発が命中、さらに護衛の駆逐艦「浦風」も雷撃を受け轟沈。
「金剛」は流石に戦艦だけあって2発の命中魚雷にも関わらず耐えていましたがレイテ沖での損傷もあって浸水が止まらず、魚雷命中より約2時間半後に転覆・沈没しました。

以上、「金剛(1942)」でした。
次回はマックスファクトリーの「愛宕」フィギュアを予定。
今月末は「サラトガ」が届く予定なので月末か来月頭にそちらを更新予定です。

装甲空母「大鳳」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は日本海軍が戦争中に完成させ、実戦に参加した唯一の正規空母「大鳳」です。
「大鳳」にとって最初で最後の海戦となった1944年6月のマリアナ沖海戦時の姿を再現したものとなっています。

航空母艦「大鳳」は日本海軍の建艦計画であるマルヨン計画唯一の空母として設計・計画されました。
その任務は「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」と続く高速正規空母と同じく敵機動部隊への攻撃を第一とするものです。
最大の特徴はそれまでほぼ無防御であった飛行甲板に急降下爆撃による500kg爆弾の命中に対応可能な装甲を施した事にあります。
飛行甲板の装甲化はそれまでの正規空母の飛行甲板が全て無防御であり、30kg爆弾の直撃ですら戦闘能力を喪失しかねないという防御上の一大欠点を根本から是正する事がその目的でした。
一時はこの重防御から「大鳳は味方機動部隊より前に出て中継基地として使用する」という運用法が取られると解説されていた事もありますが、日本海軍は「大鳳」計画時に「飛び石的用法を主目的とするに非ず、従って将来の空母は皆このような重防御とする」と明確に中継基地としての運用法を否定しています。
加えて飛行甲板に重防御を施した空母が将来の主力であり、「大鳳」以降の空母は全て装甲化された飛行甲板を持つと明確に述べています。
実際には戦局の悪化等により「大鳳」の同型艦及び「大鳳改」型の建造は実施されずに終わってしまうのですが。


日本海軍が計画した新世代の航空母艦、そのスタンダードとなるはずであった「大鳳」、まずは全体から。
航空母艦大鳳全体1航空母艦大鳳全体2
航空母艦大鳳全体3航空母艦大鳳全体4
飛行甲板は装甲化されていますが、一番上は木甲板となっています。
以前は装甲鈑にラテックス(ゴム系塗料)を塗ったものとされていたのですが、近年の研究により中央船体断面図に「木甲板」の指定があること、飛行甲板で撮影された写真の発見等によって「大鳳」の飛行甲板最上部は木甲板である事が判明しました。
今回の完成品はこの新考証による姿の再現となっています。
飛行甲板の装甲範囲は前後部のエレベーター間に施されており、中央付近に近づくに従い幅が広くなり、最大幅は25mとなっています。
ちょうどレモンの両端を切り落とした形状を考えて頂ければその装甲範囲がなんとなく判ると思います。
厚さは25mm+70mmの95mmで高度700mから投下される500kg爆弾に耐えられるもの、とされていました。
この飛行甲板の装甲化は搭載機の減少というデメリットもありましたが、計画搭載定数57機に加え分解格納7機、さらに飛行甲板への露天繋止12機と合わせ戦時搭載は76機を予定しており、マリアナ沖海戦ではほぼこの搭載数を満たしています。


「大鳳」艦首。
航空母艦大鳳艦首1航空母艦大鳳艦首2航空母艦大鳳艦首3航空母艦大鳳前部飛行甲板
飛行甲板を装甲化した「大鳳」はトップヘビーを避けるために「翔鶴」型よりも甲板数を減少させており、それに伴う凌波性確保の為に日本空母として初のハリケーン・バウ(艦首部分を完全に覆う形状)となっています。
以前紹介した「瑞鶴」や「赤城」と比べるとその形状の違いが明確に判ると思います。


「大鳳」艦橋及び中央部。
航空母艦大鳳艦橋1航空母艦大鳳艦橋2航空母艦大鳳艦橋3
航空母艦大鳳艦橋4航空母艦大鳳艦橋5航空母艦大鳳艦橋6
航空母艦大鳳艦橋7航空母艦大鳳左舷高角砲1
「大鳳」の艦橋はそれまでの日本空母にない艦橋と煙突が一体化した大型艦橋が採用されています。
この艦橋構造は煙突からの排煙による気流の乱れ等が不安視され、商船改装空母「隼鷹」において実験的に先行採用の上問題が無い事が確かめられました。
外側に26度傾斜した煙突は同形式の艦橋を持つ他国空母には見られない特徴となっています。
戦局が悪化した昭和19年に完成した「大鳳」は21号電探が最初から2基装備されており、対空監視能力が強化されています。
飛行甲板側の艦橋側壁に見える、横長の黒いものは搭乗員への説明等に使う黒板です。


「大鳳」艦尾及び兵装等。
航空母艦大鳳艦尾1航空母艦大鳳艦尾2航空母艦大鳳艦尾3航空母艦大鳳艦尾4
航空母艦大鳳右舷高角砲1航空母艦大鳳右舷着艦指導灯
艦尾付近の構造は今までに紹介した日本海軍の航空母艦とあまり変わりはありません。
最後部には25mm三連装機銃2基を装備する機銃座を備えています。
また右舷高角砲の間には緑灯4個と赤灯2個からなる着艦指導灯を装備。
同装置は左舷側にも設置されています。
「大鳳」が装備した高角砲はそれまでの標準高角砲である八九式12.7cm連装高角砲から九八式10cm連装高角砲へ変更されており、「翔鶴」型に比べ搭載数は片舷1基減の6基12門となっています。
機銃は25mm三連装機銃で他の空母と変わりません。
また大きな特徴として着艦制動装置が新型の三式着艦制動装置(油圧式、制動重量6トン)を装備しており、新世代の艦攻である「流星」や艦偵「彩雲」の運用能力を持っていました。
「大鳳」以前の航空母艦は最大制動重量4トンの呉式着艦制動装置(電気式)を装備しており、この点からも本艦が日本海軍空母の新たなスタンダードとしての能力を持っていた事が判ります。

「大鳳」は昭和16年7月10日に神戸川崎重工にて起工、昭和18年4月7日に進水しました。
戦局の悪化に伴い工事が急がれ、昭和19年3月7日に竣工、あ号作戦(マリアナ沖海戦)に旗艦として臨む事となります。
しかし同海戦においてアメリカ艦隊を先に発見、第一次攻撃隊を出撃させた直後に「大鳳」は米潜水艦「アルバコア」の魚雷攻撃を受けてしまいます。
この時第一次攻撃隊として発艦していた1機の「彗星」艦爆(小松幸男飛曹長操縦)が突如海面へ向けて急降下、「アルバコア」が発射した魚雷へ体当たりを敢行し身を呈して魚雷の脅威が迫りつつある事を「大鳳」に伝えました。
しかし急速転舵するも全てをかわしきる事は出来ず0810に右舷前部に魚雷1本が命中、この衝撃により前部エレベーターが中途半端な位置で停止してしまいます。
しかし応急資材や机、椅子までもを用いて穴を塞ぎ、残された一部の艦載機を発進させる事に成功しています。
魚雷命中の後も「大鳳」は航行に支障はなく、流石の新鋭空母と皆を感心させたと言われています。
しかしこの時、「大鳳」の艦内奥深くでは航空揮発油のタンクにヒビが入り、漏れた揮発油が気化して滞留するというおよそ空母にとって最悪の状態となりつつありました。
そして敵艦隊を発見できずに戻ってきた攻撃隊を収容し始めた1432(魚雷命中より約4時間後)、「大鳳」はその艦内で突然大爆発を起こしたのです。
この爆発の引き金を引いた原因そのものは未だに不明ですが、いずれにしても艦内に滞留していた気化ガスへの引火誘爆である事は確実であり日本海軍期待の新鋭空母「大鳳」は一瞬にしてその死命を決されてしまいました。
艦内奥深くで誘爆が続き、救助の艦も迂闊な接近が出来ない状態が続き、駆逐艦「若月」等が脱出した乗員を救助。さらに駆逐艦「磯風」が停止した「大鳳」の艦尾へ接近して乗員収容に当たりました。
そして誘爆発生から約2時間後の1628、「大鳳」はマリアナ沖にその姿を消しました。


次回は未定、フルディティールアップ版の「金剛(1941)」を入手したのでそれをやるかも?

タカラ世界の艦船シリーズ駆逐艦「浜風(天一号作戦時)」

今回の更新は10年以上前に公開された映画「男たちのYAMATO」と同時期に発売された「タカラ世界の艦船 Special・男たちの大和」から駆逐艦「浜風」です。
未組み立て品を入手したので組み立て順で写真を撮影してみました。
模型紹介の際にブログ冒頭に毎回入れている通り、ブログ主は過去に熱射病により倒れ、その後遺症によりほぼパチ組みしか出来ない為に今回の製作も一部接着を行っただけで完全に素組みとなります。

まずはパッケージ(中箱)。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パッケージ
ブリスターの中に船体及び台座、ランナーパーツが4つ入っています。

個別パーツその1、船体。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パーツ0タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パーツ1
写真が撮りやすいように台座に固定した状態の船体パーツ。
艦橋や煙突など主要な上部構造物はほぼ接着済みとなっています。

個別パーツその2、ランナーパーツ。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パーツ2
ランナーパーツは4枚。

タカラ世界の艦船パーツ3

主砲3個と魚雷発射管2個が付いた主兵装ランナー。
タカラ世界の艦船パーツ4

旗竿、艦橋上部の射撃指揮装置、ダビットと内火艇、舵、烹炊所からの煙突が付いたランナー。
タカラ世界の艦船パーツ4

前後部のマストが付いたランナー。
タカラ世界の艦船パーツ5

最後に機銃が大量に付いたランナー。
タカラ世界の艦船パーツ6

これらを順番に船体へ取りつけていきます。
まずは主兵装を取り付け。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風組み立て1
2番主砲を撤去し九六式25mm三連装機銃を2基増備した状態なので主砲が1個余ります。

続いて旗竿その他を取り付け。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風組み立て2
マストがない為ちょっと間が抜けた状態。

マストの取り付け。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風組み立て3
マストの有無で印象が結構変わると思います。
そしてこのキット最大の問題点、前部マストの取り付けが極めて難しいこと。
本来ならばマストを組み上げた後に1番煙突脇の予備魚雷格納庫兼次発装填装置を取り付けるのですが、このパーツが最初から接着済みなのでハの字型のマストを無理矢理押し込む必要があります。
とはいえ1mmあるかなしかのパーツなので無理に押し込むと当然折れてしまう為、あまり無茶な事は出来ません。
このため前部マストは若干歪みが出てしまっています。
この後に機銃パーツを取りつけ完成です。

完成。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風完成
全体。
普段紹介している完成模型と違い、機銃パーツはキットそのままの為かなり大振りです。
加えて「塗装済み半完成品」という商品仕様上、機銃取り付け用のダボが凸凹共に塗膜による厚みがプラスされてしまいます。
このため機銃の取り付けが極めて面倒で、ヤスリで機銃基部を少し削ってやらないと穴に嵌らない事もしばしば。
12基ある25mm単装機銃のうち半数は修正が必要でした。

タカラ世界の艦船駆逐艦浜風1
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風2
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風3
艦橋前の機銃も25mm三連装機銃になっていますが、ここは現在まで確認されている駆逐艦は全て25mm連装機銃装備となっています。
……1個だけ25mm連装機銃にすると面倒だったのでしょうか?

10年以上前の商品ですが、ベースキットはピットロードの1/700陽炎型のようで、全体のディティールそのものは比較的しっかりしています。
しかし上でも書きましたが半完成品という仕様の関係上、どうしても本来の組み立て順が不可能な為にマスト基部の組み立て等無理が出ている個所があります。
それでも当時1個500円でこれだけ手軽に作れる艦船模型が入手出来た(アソートの関係上、機銃や高角砲の割合が高かったのですが)事は特筆すべきでしょう。

駆逐艦「浜風」略歴。
昭和16年6月30日浦賀船渠にて竣工、第十七駆逐隊へ編入(浦風、磯風、浜風、谷風)。
南雲機動部隊の直衛として真珠湾攻撃作戦に参加、爾後南方方面作戦へ従事。
昭和17年5月、ミッドウェー作戦へ出動の後ソロモン方面へ転戦、ガダルカナル島奪還作戦の一木支隊輸送任務に従事。
同年南太平洋海戦に参加、昭和18年に入ってからはガダルカナル島撤収作戦、クラ湾夜戦、第一次ベラ・ラベラ海戦を歴戦。
昭和19年マリアナ沖海戦及びレイテ沖海戦に参加。
昭和20年4月7日、天一号作戦参加艦として大和と共に出撃、米航空攻撃によって撃沈、同年6月10日除籍。

金剛型4隻&figma鹿島特典

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

某所で希望があった「金剛型4隻」を撮影してみました。
1/700とはいえ、4隻並べるとなるとスペースの確保が難しい&ケースの台座に固定したままではあまりにも見栄えが宜しくないので一苦労でした……。
苦労したと言いつつ画像は7枚しかありませんがorz

そんなわけで金剛型4隻。
金剛型揃い踏み1金剛型揃い踏み2金剛型揃い踏み3
奥(左)から金剛、比叡、榛名、霧島。

角度を変えて。
金剛型揃い踏み4金剛型揃い踏み5

艦首と艦尾。
金剛型揃い踏み6金剛型揃い踏み7

なんだかんだで並べると迫力が違います。
それぞれの再現時期こそ違いますが(金剛&榛名1944、比叡&霧島1942)、同型艦を並べるというのはそれだけでわくわくします。
撮影の腕がもう少しマシならもっと見やすい写真が撮れるんでしょうが、現状だと腕の問題もあってこれが限界ですorz


先月末に発売となったグッドスマイルカンパニーのfigma「鹿島」、メーカー販売特典でエプロン&チョコが付いてきたのでちょっと撮影。
全身。
figma鹿島特典0

顔UP。
figma鹿島特典1figma鹿島特典2figma鹿島特典3
……既にあちこちのレビューで紹介されてますが、出来はかなりよさげ。
ただ個体差なのか背中に装着する艤装品、画像にはありませんがマスト部分が斜めについていてちょっとしょんぼり……。

次回はタイトープライズの「鹿島(教育中)」とfigma鹿島で艤装品を付けた状態をやろうかな、と考えております。
リアル艦艇の方は月末に航空母艦「大鳳」の予定。

金剛型戦艦「霧島」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回は「金剛」型戦艦4番艦、「霧島」です。
「霧島」以外の金剛型については「金剛」はこちら「比叡」はこちら「榛名」はこちらをご覧ください。

「霧島」は金剛型4番艦として国産主力戦艦を民間造船所で建造する技術の育成という目的と合わせて三菱重工へ発注、長崎造船所で建造されました。
予算措置上は4番艦として建造された「霧島」ですが、初の民間造船所による主力艦建造という事もあって「榛名」を建造していた神戸川崎造船所との建艦競争が発生してしまいます(詳細は「榛名」の紹介をご覧ください)。
結果、3番艦「榛名」と4番艦「霧島」は同一日時の竣工とされ、1915年4月19日に完成、海軍に引き渡されました。
今回の「霧島」は第二次近代化大改装を終え、最大速力30ノットの高速戦艦となった状態のものとなっています。


「霧島」全体。
戦艦霧島全体1戦艦霧島全体2
戦艦霧島全体3戦艦霧島全体4
これまでに紹介してきた金剛型各艦と同じく戦艦というより巡洋艦に近いスマートな艦体となっています。

「霧島」艦首。
戦艦霧島艦首

「霧島」前部主砲。
戦艦霧島前部主砲戦艦霧島前部主砲2
艦首側の第一・第二主砲。
「金剛」「比叡」の主砲が角型なのに対し「榛名」「霧島」の主砲は円形となっており、主砲形状が金剛型識別の重要ポイントとなっています。
1番主砲横の隙間は旧副砲装備位置で、近代化改装による重量の増加に対する代償重量として撤去されています。

「霧島」艦橋。
戦艦霧島艦橋1
形状は「榛名」に近いものとなっていますが、1942年に戦没した「霧島」は上部防空指揮所の拡大が行われていません。

「霧島」中央部。
戦艦霧島中央部1戦艦霧島中央部2戦艦霧島中央部3戦艦霧島後部艦橋1
1944年に健在だった「金剛」「榛名」は大規模な機銃増備工事を行いましたが、1942年に戦没した「比叡」「霧島」は25mm連装機銃若干と八九式12.7cm連装高角砲4基と対空兵装はかなり少ない状態です。
また後部艦橋と2番煙突の間が斜めとなっており、この部分は「金剛」「比叡」「霧島」が同一形状、「榛名」のみ後部艦橋と煙突の間が平行となっており、この部分も金剛型の個艦識別ポイントとなっています。

「霧島」後部甲板と後部主砲。
戦艦霧島後部甲板1戦艦霧島後部甲板2戦艦霧島後部甲板3
3、4番主砲の間に飛行作業甲板を持ち、95式水上偵察機を搭載。
この95式水上偵察機は万能の二座水偵として開発され、日中戦争では敵機撃墜の戦果も挙げています。

「霧島」艦尾。
戦艦霧島艦尾
日本海軍の旧式戦艦群は大改装に伴い艦尾を延長しています。

「霧島」は1942年11月の第三次ソロモン海戦第二夜戦において米海軍の新型戦艦「ワシントン」「サウスダコタ」と交戦。
「高雄」「愛宕」らと共に「サウスダコタ」に複数の命中弾を与え戦闘能力を一時的に奪う活躍を見せたものの、残る「ワシントン」からの猛射を受け、「霧島」は16インチSHS(スーパーヘビーシェル、通常の16インチ砲弾より20%以上重たい大威力砲弾)9発を被弾。
射距離7000~8000mという至近距離から放たれた16インチSHSによって1~3番主砲は沈黙、大破した「霧島」は前日に失われた僚艦「比叡」の後を追いガダルカナル沖にその姿を消す事となります。
この戦闘は日本海軍の戦艦が米戦艦と撃ち合い確実な命中弾を出した唯一の戦いとなりました。
「霧島」は失われたものの、戦艦として対戦艦戦闘を行い20年以上も新しい戦艦を大破に追い込む事が出来たのは「戦艦」として本懐を遂げたと言って良いのではないでしょうか。
 ※この交戦距離だとぶっちゃけ「大和」の舷側装甲もぶち抜かれるので「大和の舷側装甲の半分の厚さしか持たない(しかも傾斜していない)「霧島」が耐えきれるものではありませんでした。

なおこの海戦において「霧島」を猛射した「ワシントン」ですが、よく「レーダー射撃によって霧島を撃破した」と評される事があります。
これ自体は間違いではないのですが、「射撃用レーダー」は用いておらず対水上用のSGレーダーを使用しての砲撃だった事を付記しておきます。
……距離が異常に近くて「場所が判れば当たる」レベルだったのが現実みたいですがorz
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