装甲空母「大鳳」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は日本海軍が戦争中に完成させ、実戦に参加した唯一の正規空母「大鳳」です。
「大鳳」にとって最初で最後の海戦となった1944年6月のマリアナ沖海戦時の姿を再現したものとなっています。

航空母艦「大鳳」は日本海軍の建艦計画であるマルヨン計画唯一の空母として設計・計画されました。
その任務は「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」と続く高速正規空母と同じく敵機動部隊への攻撃を第一とするものです。
最大の特徴はそれまでほぼ無防御であった飛行甲板に急降下爆撃による500kg爆弾の命中に対応可能な装甲を施した事にあります。
飛行甲板の装甲化はそれまでの正規空母の飛行甲板が全て無防御であり、30kg爆弾の直撃ですら戦闘能力を喪失しかねないという防御上の一大欠点を根本から是正する事がその目的でした。
一時はこの重防御から「大鳳は味方機動部隊より前に出て中継基地として使用する」という運用法が取られると解説されていた事もありますが、日本海軍は「大鳳」計画時に「飛び石的用法を主目的とするに非ず、従って将来の空母は皆このような重防御とする」と明確に中継基地としての運用法を否定しています。
加えて飛行甲板に重防御を施した空母が将来の主力であり、「大鳳」以降の空母は全て装甲化された飛行甲板を持つと明確に述べています。
実際には戦局の悪化等により「大鳳」の同型艦及び「大鳳改」型の建造は実施されずに終わってしまうのですが。


日本海軍が計画した新世代の航空母艦、そのスタンダードとなるはずであった「大鳳」、まずは全体から。
航空母艦大鳳全体1航空母艦大鳳全体2
航空母艦大鳳全体3航空母艦大鳳全体4
飛行甲板は装甲化されていますが、一番上は木甲板となっています。
以前は装甲鈑にラテックス(ゴム系塗料)を塗ったものとされていたのですが、近年の研究により中央船体断面図に「木甲板」の指定があること、飛行甲板で撮影された写真の発見等によって「大鳳」の飛行甲板最上部は木甲板である事が判明しました。
今回の完成品はこの新考証による姿の再現となっています。
飛行甲板の装甲範囲は前後部のエレベーター間に施されており、中央付近に近づくに従い幅が広くなり、最大幅は25mとなっています。
ちょうどレモンの両端を切り落とした形状を考えて頂ければその装甲範囲がなんとなく判ると思います。
厚さは25mm+70mmの95mmで高度700mから投下される500kg爆弾に耐えられるもの、とされていました。
この飛行甲板の装甲化は搭載機の減少というデメリットもありましたが、計画搭載定数57機に加え分解格納7機、さらに飛行甲板への露天繋止12機と合わせ戦時搭載は76機を予定しており、マリアナ沖海戦ではほぼこの搭載数を満たしています。


「大鳳」艦首。
航空母艦大鳳艦首1航空母艦大鳳艦首2航空母艦大鳳艦首3航空母艦大鳳前部飛行甲板
飛行甲板を装甲化した「大鳳」はトップヘビーを避けるために「翔鶴」型よりも甲板数を減少させており、それに伴う凌波性確保の為に日本空母として初のハリケーン・バウ(艦首部分を完全に覆う形状)となっています。
以前紹介した「瑞鶴」や「赤城」と比べるとその形状の違いが明確に判ると思います。


「大鳳」艦橋及び中央部。
航空母艦大鳳艦橋1航空母艦大鳳艦橋2航空母艦大鳳艦橋3
航空母艦大鳳艦橋4航空母艦大鳳艦橋5航空母艦大鳳艦橋6
航空母艦大鳳艦橋7航空母艦大鳳左舷高角砲1
「大鳳」の艦橋はそれまでの日本空母にない艦橋と煙突が一体化した大型艦橋が採用されています。
この艦橋構造は煙突からの排煙による気流の乱れ等が不安視され、商船改装空母「隼鷹」において実験的に先行採用の上問題が無い事が確かめられました。
外側に26度傾斜した煙突は同形式の艦橋を持つ他国空母には見られない特徴となっています。
戦局が悪化した昭和19年に完成した「大鳳」は21号電探が最初から2基装備されており、対空監視能力が強化されています。
飛行甲板側の艦橋側壁に見える、横長の黒いものは搭乗員への説明等に使う黒板です。


「大鳳」艦尾及び兵装等。
航空母艦大鳳艦尾1航空母艦大鳳艦尾2航空母艦大鳳艦尾3航空母艦大鳳艦尾4
航空母艦大鳳右舷高角砲1航空母艦大鳳右舷着艦指導灯
艦尾付近の構造は今までに紹介した日本海軍の航空母艦とあまり変わりはありません。
最後部には25mm三連装機銃2基を装備する機銃座を備えています。
また右舷高角砲の間には緑灯4個と赤灯2個からなる着艦指導灯を装備。
同装置は左舷側にも設置されています。
「大鳳」が装備した高角砲はそれまでの標準高角砲である八九式12.7cm連装高角砲から九八式10cm連装高角砲へ変更されており、「翔鶴」型に比べ搭載数は片舷1基減の6基12門となっています。
機銃は25mm三連装機銃で他の空母と変わりません。
また大きな特徴として着艦制動装置が新型の三式着艦制動装置(油圧式、制動重量6トン)を装備しており、新世代の艦攻である「流星」や艦偵「彩雲」の運用能力を持っていました。
「大鳳」以前の航空母艦は最大制動重量4トンの呉式着艦制動装置(電気式)を装備しており、この点からも本艦が日本海軍空母の新たなスタンダードとしての能力を持っていた事が判ります。

「大鳳」は昭和16年7月10日に神戸川崎重工にて起工、昭和18年4月7日に進水しました。
戦局の悪化に伴い工事が急がれ、昭和19年3月7日に竣工、あ号作戦(マリアナ沖海戦)に旗艦として臨む事となります。
しかし同海戦においてアメリカ艦隊を先に発見、第一次攻撃隊を出撃させた直後に「大鳳」は米潜水艦「アルバコア」の魚雷攻撃を受けてしまいます。
この時第一次攻撃隊として発艦していた1機の「彗星」艦爆(小松幸男飛曹長操縦)が突如海面へ向けて急降下、「アルバコア」が発射した魚雷へ体当たりを敢行し身を呈して魚雷の脅威が迫りつつある事を「大鳳」に伝えました。
しかし急速転舵するも全てをかわしきる事は出来ず0810に右舷前部に魚雷1本が命中、この衝撃により前部エレベーターが中途半端な位置で停止してしまいます。
しかし応急資材や机、椅子までもを用いて穴を塞ぎ、残された一部の艦載機を発進させる事に成功しています。
魚雷命中の後も「大鳳」は航行に支障はなく、流石の新鋭空母と皆を感心させたと言われています。
しかしこの時、「大鳳」の艦内奥深くでは航空揮発油のタンクにヒビが入り、漏れた揮発油が気化して滞留するというおよそ空母にとって最悪の状態となりつつありました。
そして敵艦隊を発見できずに戻ってきた攻撃隊を収容し始めた1432(魚雷命中より約4時間後)、「大鳳」はその艦内で突然大爆発を起こしたのです。
この爆発の引き金を引いた原因そのものは未だに不明ですが、いずれにしても艦内に滞留していた気化ガスへの引火誘爆である事は確実であり日本海軍期待の新鋭空母「大鳳」は一瞬にしてその死命を決されてしまいました。
艦内奥深くで誘爆が続き、救助の艦も迂闊な接近が出来ない状態が続き、駆逐艦「若月」等が脱出した乗員を救助。さらに駆逐艦「磯風」が停止した「大鳳」の艦尾へ接近して乗員収容に当たりました。
そして誘爆発生から約2時間後の1628、「大鳳」はマリアナ沖にその姿を消しました。


次回は未定、フルディティールアップ版の「金剛(1941)」を入手したのでそれをやるかも?

タカラ世界の艦船シリーズ駆逐艦「浜風(天一号作戦時)」

今回の更新は10年以上前に公開された映画「男たちのYAMATO」と同時期に発売された「タカラ世界の艦船 Special・男たちの大和」から駆逐艦「浜風」です。
未組み立て品を入手したので組み立て順で写真を撮影してみました。
模型紹介の際にブログ冒頭に毎回入れている通り、ブログ主は過去に熱射病により倒れ、その後遺症によりほぼパチ組みしか出来ない為に今回の製作も一部接着を行っただけで完全に素組みとなります。

まずはパッケージ(中箱)。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パッケージ
ブリスターの中に船体及び台座、ランナーパーツが4つ入っています。

個別パーツその1、船体。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パーツ0タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パーツ1
写真が撮りやすいように台座に固定した状態の船体パーツ。
艦橋や煙突など主要な上部構造物はほぼ接着済みとなっています。

個別パーツその2、ランナーパーツ。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風パーツ2
ランナーパーツは4枚。

タカラ世界の艦船パーツ3

主砲3個と魚雷発射管2個が付いた主兵装ランナー。
タカラ世界の艦船パーツ4

旗竿、艦橋上部の射撃指揮装置、ダビットと内火艇、舵、烹炊所からの煙突が付いたランナー。
タカラ世界の艦船パーツ4

前後部のマストが付いたランナー。
タカラ世界の艦船パーツ5

最後に機銃が大量に付いたランナー。
タカラ世界の艦船パーツ6

これらを順番に船体へ取りつけていきます。
まずは主兵装を取り付け。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風組み立て1
2番主砲を撤去し九六式25mm三連装機銃を2基増備した状態なので主砲が1個余ります。

続いて旗竿その他を取り付け。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風組み立て2
マストがない為ちょっと間が抜けた状態。

マストの取り付け。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風組み立て3
マストの有無で印象が結構変わると思います。
そしてこのキット最大の問題点、前部マストの取り付けが極めて難しいこと。
本来ならばマストを組み上げた後に1番煙突脇の予備魚雷格納庫兼次発装填装置を取り付けるのですが、このパーツが最初から接着済みなのでハの字型のマストを無理矢理押し込む必要があります。
とはいえ1mmあるかなしかのパーツなので無理に押し込むと当然折れてしまう為、あまり無茶な事は出来ません。
このため前部マストは若干歪みが出てしまっています。
この後に機銃パーツを取りつけ完成です。

完成。
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風完成
全体。
普段紹介している完成模型と違い、機銃パーツはキットそのままの為かなり大振りです。
加えて「塗装済み半完成品」という商品仕様上、機銃取り付け用のダボが凸凹共に塗膜による厚みがプラスされてしまいます。
このため機銃の取り付けが極めて面倒で、ヤスリで機銃基部を少し削ってやらないと穴に嵌らない事もしばしば。
12基ある25mm単装機銃のうち半数は修正が必要でした。

タカラ世界の艦船駆逐艦浜風1
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風2
タカラ世界の艦船駆逐艦浜風3
艦橋前の機銃も25mm三連装機銃になっていますが、ここは現在まで確認されている駆逐艦は全て25mm連装機銃装備となっています。
……1個だけ25mm連装機銃にすると面倒だったのでしょうか?

10年以上前の商品ですが、ベースキットはピットロードの1/700陽炎型のようで、全体のディティールそのものは比較的しっかりしています。
しかし上でも書きましたが半完成品という仕様の関係上、どうしても本来の組み立て順が不可能な為にマスト基部の組み立て等無理が出ている個所があります。
それでも当時1個500円でこれだけ手軽に作れる艦船模型が入手出来た(アソートの関係上、機銃や高角砲の割合が高かったのですが)事は特筆すべきでしょう。

駆逐艦「浜風」略歴。
昭和16年6月30日浦賀船渠にて竣工、第十七駆逐隊へ編入(浦風、磯風、浜風、谷風)。
南雲機動部隊の直衛として真珠湾攻撃作戦に参加、爾後南方方面作戦へ従事。
昭和17年5月、ミッドウェー作戦へ出動の後ソロモン方面へ転戦、ガダルカナル島奪還作戦の一木支隊輸送任務に従事。
同年南太平洋海戦に参加、昭和18年に入ってからはガダルカナル島撤収作戦、クラ湾夜戦、第一次ベラ・ラベラ海戦を歴戦。
昭和19年マリアナ沖海戦及びレイテ沖海戦に参加。
昭和20年4月7日、天一号作戦参加艦として大和と共に出撃、米航空攻撃によって撃沈、同年6月10日除籍。

金剛型4隻&figma鹿島特典

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

某所で希望があった「金剛型4隻」を撮影してみました。
1/700とはいえ、4隻並べるとなるとスペースの確保が難しい&ケースの台座に固定したままではあまりにも見栄えが宜しくないので一苦労でした……。
苦労したと言いつつ画像は7枚しかありませんがorz

そんなわけで金剛型4隻。
金剛型揃い踏み1金剛型揃い踏み2金剛型揃い踏み3
奥(左)から金剛、比叡、榛名、霧島。

角度を変えて。
金剛型揃い踏み4金剛型揃い踏み5

艦首と艦尾。
金剛型揃い踏み6金剛型揃い踏み7

なんだかんだで並べると迫力が違います。
それぞれの再現時期こそ違いますが(金剛&榛名1944、比叡&霧島1942)、同型艦を並べるというのはそれだけでわくわくします。
撮影の腕がもう少しマシならもっと見やすい写真が撮れるんでしょうが、現状だと腕の問題もあってこれが限界ですorz


先月末に発売となったグッドスマイルカンパニーのfigma「鹿島」、メーカー販売特典でエプロン&チョコが付いてきたのでちょっと撮影。
全身。
figma鹿島特典0

顔UP。
figma鹿島特典1figma鹿島特典2figma鹿島特典3
……既にあちこちのレビューで紹介されてますが、出来はかなりよさげ。
ただ個体差なのか背中に装着する艤装品、画像にはありませんがマスト部分が斜めについていてちょっとしょんぼり……。

次回はタイトープライズの「鹿島(教育中)」とfigma鹿島で艤装品を付けた状態をやろうかな、と考えております。
リアル艦艇の方は月末に航空母艦「大鳳」の予定。

金剛型戦艦「霧島」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回は「金剛」型戦艦4番艦、「霧島」です。
「霧島」以外の金剛型については「金剛」はこちら「比叡」はこちら「榛名」はこちらをご覧ください。

「霧島」は金剛型4番艦として国産主力戦艦を民間造船所で建造する技術の育成という目的と合わせて三菱重工へ発注、長崎造船所で建造されました。
予算措置上は4番艦として建造された「霧島」ですが、初の民間造船所による主力艦建造という事もあって「榛名」を建造していた神戸川崎造船所との建艦競争が発生してしまいます(詳細は「榛名」の紹介をご覧ください)。
結果、3番艦「榛名」と4番艦「霧島」は同一日時の竣工とされ、1915年4月19日に完成、海軍に引き渡されました。
今回の「霧島」は第二次近代化大改装を終え、最大速力30ノットの高速戦艦となった状態のものとなっています。


「霧島」全体。
戦艦霧島全体1戦艦霧島全体2
戦艦霧島全体3戦艦霧島全体4
これまでに紹介してきた金剛型各艦と同じく戦艦というより巡洋艦に近いスマートな艦体となっています。

「霧島」艦首。
戦艦霧島艦首

「霧島」前部主砲。
戦艦霧島前部主砲戦艦霧島前部主砲2
艦首側の第一・第二主砲。
「金剛」「比叡」の主砲が角型なのに対し「榛名」「霧島」の主砲は円形となっており、主砲形状が金剛型識別の重要ポイントとなっています。
1番主砲横の隙間は旧副砲装備位置で、近代化改装による重量の増加に対する代償重量として撤去されています。

「霧島」艦橋。
戦艦霧島艦橋1
形状は「榛名」に近いものとなっていますが、1942年に戦没した「霧島」は上部防空指揮所の拡大が行われていません。

「霧島」中央部。
戦艦霧島中央部1戦艦霧島中央部2戦艦霧島中央部3戦艦霧島後部艦橋1
1944年に健在だった「金剛」「榛名」は大規模な機銃増備工事を行いましたが、1942年に戦没した「比叡」「霧島」は25mm連装機銃若干と八九式12.7cm連装高角砲4基と対空兵装はかなり少ない状態です。
また後部艦橋と2番煙突の間が斜めとなっており、この部分は「金剛」「比叡」「霧島」が同一形状、「榛名」のみ後部艦橋と煙突の間が平行となっており、この部分も金剛型の個艦識別ポイントとなっています。

「霧島」後部甲板と後部主砲。
戦艦霧島後部甲板1戦艦霧島後部甲板2戦艦霧島後部甲板3
3、4番主砲の間に飛行作業甲板を持ち、95式水上偵察機を搭載。
この95式水上偵察機は万能の二座水偵として開発され、日中戦争では敵機撃墜の戦果も挙げています。

「霧島」艦尾。
戦艦霧島艦尾
日本海軍の旧式戦艦群は大改装に伴い艦尾を延長しています。

「霧島」は1942年11月の第三次ソロモン海戦第二夜戦において米海軍の新型戦艦「ワシントン」「サウスダコタ」と交戦。
「高雄」「愛宕」らと共に「サウスダコタ」に複数の命中弾を与え戦闘能力を一時的に奪う活躍を見せたものの、残る「ワシントン」からの猛射を受け、「霧島」は16インチSHS(スーパーヘビーシェル、通常の16インチ砲弾より20%以上重たい大威力砲弾)9発を被弾。
射距離7000~8000mという至近距離から放たれた16インチSHSによって1~3番主砲は沈黙、大破した「霧島」は前日に失われた僚艦「比叡」の後を追いガダルカナル沖にその姿を消す事となります。
この戦闘は日本海軍の戦艦が米戦艦と撃ち合い確実な命中弾を出した唯一の戦いとなりました。
「霧島」は失われたものの、戦艦として対戦艦戦闘を行い20年以上も新しい戦艦を大破に追い込む事が出来たのは「戦艦」として本懐を遂げたと言って良いのではないでしょうか。
 ※この交戦距離だとぶっちゃけ「大和」の舷側装甲もぶち抜かれるので「大和の舷側装甲の半分の厚さしか持たない(しかも傾斜していない)「霧島」が耐えきれるものではありませんでした。

なおこの海戦において「霧島」を猛射した「ワシントン」ですが、よく「レーダー射撃によって霧島を撃破した」と評される事があります。
これ自体は間違いではないのですが、「射撃用レーダー」は用いておらず対水上用のSGレーダーを使用しての砲撃だった事を付記しておきます。
……距離が異常に近くて「場所が判れば当たる」レベルだったのが現実みたいですがorz

神風型駆逐艦「神風」「春風」

ブログ主は過去に熱射病でぶっ倒れて後遺症が残った為に自力制作はガンプラパチ組みレベルが限界で、保有しているキットはオークションで落札、或いは制作代行依頼を出して作って頂いたものとなりますことを予めお断りさせて頂きます。

今回の更新は神風型駆逐艦「神風」と「春風」です。
艦これにおいては共に和装&ブーツに艤装を装備するという、いかにも大正時代の女学生を思わせる姿で実装されました。
駆逐艦としての「神風」型は純日本式設計となった「峯風」型(艦これ未実装)系列の第二シリーズとして合計9隻建造されており、「峯風」型系列の最終型となる「睦月」型の一つ前の艦型となります。
基本的には「峯風」型の復元性を強化する為に船体幅の拡大を行ったタイプで、兵装は「峯風」型と変わりません。
「峯風」型系列の最終シリーズである「睦月」型との最大の違いは魚雷兵装で、合計6門なのは「睦月」型と同じですが同艦が61cm三連装発射管2基だったのに対し「神風」型は53.3cm連装魚雷発射管を3基装備しており、日本海軍が整備した一等駆逐艦としては53.3cmの魚雷を装備した最後の艦型となります。
今回製作して頂いた「神風」は昭和初期の姿、「春風」は大戦末期の海上護衛任務にあたっていた頃の姿となります。

「神風」全体図。
駆逐艦神風全体1駆逐艦神風全体2
駆逐艦神風全体3駆逐艦神風全体4

「春風」全体図。
駆逐艦春風全体1駆逐艦春風全体2
駆逐艦春風全体3駆逐艦春風全体4

就役当初の「神風」は45口径3年式12cm単装砲を4基(艦首に1基、煙突間に1基、後部上構に2基)、53.3cm連装発射管を3基(艦橋前のウェル・デッキに1基、2番煙突と後部上構の間に2基)装備しており、艦尾には一号連携機雷を16個搭載可能でした。
これに対し大戦末期の「春風」は煙突間の2番主砲、後部上構の4番主砲、3番魚雷発射管を撤去して対空兵装を大幅に強化しています。
特に竣工当初は全く装備されていなかった機銃は艦橋前の両舷に25mm連装機銃各1基、旧2番主砲の装備位置へ同じく25mm機銃連装2基、4番主砲の装備位置へ25mm連装機銃1基を装備、他に25mm単装機銃が4基と対空戦闘の激化に伴い大幅に強化されています。
また艦尾の機雷投下軌条は爆雷投下軌条となり、爆雷投射機と合わせて対潜兵装も強化されています。
ほぼ同じアングルからの画像比較で「神風」と「春風」の違いが判ると思います。


左が「神風」、右が「春風」の艦首。
駆逐艦神風艦首駆逐艦春風艦首
駆逐艦神風艦橋
左下の画像で「神風」の艦橋天蓋が白いのは竣工当時この部分が金属製ではなくキャンバス(帆布)張りだった為です。


左が「神風」、右が「春風」の中央部。
駆逐艦神風中央部駆逐艦春風中央部
角度が若干違いますが竣工時のフラットな「神風」の姿と対空兵装増備とそれに伴う重量増加による3番発射管を撤去した「春風」の差が判ると思います。


左が「神風」、右が「春風」の艦尾。
駆逐艦神風艦尾1駆逐艦春風艦尾
今回の「神風」「春風」は以前掲載した「睦月」に比べ模型として大きく違う点が1カ所あります。
両艦の製作にあたり初の試みとして挽き物の金属製砲身を使用して頂いたのがそれで、「睦月」の主砲と比べるとその細さが際立っています。
……写真では殆ど判らないのですが砲口部分もきっちり開口されています、直径0.2mmくらいしかないのに。

「神風」は開戦直後は北方方面で哨戒・護衛任務にあたり、1944年一杯まで同方面で行動。
そして1945年1月、連合艦隊付属となって南方進出を命じられた「神風」は僚艦「野風」と共にシンガポールへ向かうも仏印カムラン湾沖で「野風」が撃沈されてしまいます。
「神風」は単独で第十方面艦隊隷下の第五戦隊(足柄、羽黒)付属となりました。
そして1945年5月のペナン沖海戦(第二次大戦最後の水上戦闘)で英駆逐隊に撃沈された「羽黒」の生存者を救助。
さらに翌月には「足柄」と共にインドネシアのバタヴィア(現ジャカルタ)を出港するもバンカ海峡において英潜「トレンチャント」の雷撃を受け「足柄」もまた撃沈されてしまいます。
「足柄」の生存者と同乗の陸軍兵士合計1253名を救助した「神風」はシンガポールに帰投、この時点で「神風」は同方面で行動可能な最後の日本海軍水上戦闘艦となっていました。
同年7月には米潜水艦「ホークビル」との激闘を演じており、この戦いは後に映画「The Enemy Below(邦題:眼下の敵)」でモデルとされたほどでした。
「神風」は終戦時無傷でシンガポールにあり、復員輸送の任にあたりました。
そして1946年6月、浦賀に向かっていた海防艦「国後」が御前崎付近で座礁、同艦の救助に向かいましたが自らも座礁擱座。
秋月型駆逐艦「夏月」や曳船による引き下ろしが試みられましたが何れも失敗、「国後」と共に放棄が決定、後に解体されその姿を消しました。


「春風」は開戦時に同型艦4隻(朝風、春風、旗風、松風)で第五駆逐隊を編成、第五水雷戦隊の隷下にありました。
フィリピン攻略作戦においてリンガエン湾上陸作戦、マレー半島シンゴラ上陸作戦等に参加、さらに蘭印作戦においてバタヴィア沖海戦に参加するなど旧式艦ながら武運に恵まれました。
1942年3月、第五水雷戦隊が解隊となり第一南遣艦隊へ所属、ビルマ攻略戦へ参加したのを皮切りにジャワ、セレベス、ラバウル方面での護衛任務に従事。
しかし1942年11月、スラバヤ入港直前に触雷、1番魚雷発射管から前部を喪失するという大損害を受けてしまいます(この時「春風」が触れた機雷は日本海軍が敷設したものと言われています)。
1943年5月、仮艦首を付けた「春風」は本土へ回航、呉海軍工廠で本格修理の後8月に復帰、日本本土と南方方面の船団護衛に従事することとなりました。
数多の船団護衛に従事していた「春風」は1944年10月にマタ30船団(「マ」ニラから「タ」カオ」へ向かう船団)に護衛部隊旗艦として参加、アメリカ潜水艦による群狼戦術によって船団の大半を失うも米潜水艦「シャーク」を撃沈、一矢を報いる事に成功します。
しかしその直後の11月、米潜水艦「セイルフィッシュ」の雷撃を受け艦尾を喪失、応急作業に成功しかろうじて沈没は免れました。
本土に戻る事が出来た「春風」は本格的な修理も出来ずそのまま終戦を迎え、戦後は上部構造物を撤去の上船体を京都府竹野港の防波堤として再利用されました。
1948年台風により破損、スクラップとして売却・解体されてその姿を消すこととなります。
船団護衛に活躍した「春風」の名は戦後初の国産護衛艦(実質駆逐艦)に武勲艦「雪風」と共に採用され、「はるかぜ」型護衛艦1番艦として海上自衛隊の国産護衛艦史にその名を留めています。
……なお一番艦「神風」は特攻隊のイメージが強くなりすぎて今後も採用の見込みは絶望的なようです。

以上、「神風」「春風」でした。
次回新規艦は金剛型戦艦「霧島」の予定。
その前に比較画像その他で簡易更新はあるかもしれません。
ROBOT魂「ディジェ」とか重要があればそちらもやるかも?
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